MITSUKOプレビュー及び初日感想

2011年5月15日、大阪・梅田芸術劇場メインホールで『MITSUKO~愛は国境を越えて~』舞台版が初日を迎えました。2005年12月9日にWien(ウィーン)のMuseumsquartierでUwe Kröger、一路真輝、井上芳雄、Boris Ederによるコンサート形式の上演から、2010年3月の東京(オーチャードホール)及び大阪(梅田芸術劇場メインホール)で行われたガラコンサート”Frank & Friends/Mitsuko”を経て、遂に完成形として姿を現したこの作品の初日と前日5月14日のプレビュー公演を観てきました。以下ネタバレがあるのでご注意下さい。

開演前、劇場前で真っ赤なTシャツと黒の野球帽というラフな出で立ちの作曲のFrank Wildhorn氏を発見。赤いジャケットの金髪長身の女性を同伴しておいででした。

プレビュー公演というものを観るのは初めてでしたが、休憩以外は途中で止まることもなく、カーテンコールまで上演されました。客席中央通路の後ろの座席に机が置かれ、その後ろをWildhorn氏や脚本・オリジナル歌詞・演出の小池修一郎氏ら、スタッフ・関係者が占めていたのと、マイクの調整が不安定だったところにプレビューらしさを感じました。台詞や歌が始まってもマイクが入っていない、あるいはボリューム調整が合っておらず、音楽に歌が負けている時がありましたが、初日は完璧に直っていました。台詞や演技にも手直しが入ったのかもしれませんが、あまり違いは分かりませんでした。ただミツコが次男リヒャルトの14歳年上の恋人である舞台女優イダ・ローランを罵る際、プレビューで「年増女!」と言ったところ、観客席からやや過剰と思われるほどの笑い声が起こって気になったのですが、初日は同じ箇所が「年増の女優」に変わっていて、笑い声もさほど起こりませんでした。プレビューは客層がミュージカルファンとはやや違う雰囲気で年配の方が目立ち、関係者か招待の人が多いように思えました。プレビューは18:00開演、21:05終演となっており、1幕90分、休憩20分、2幕75分の予定だったようですが、カーテンコールを入れると実際は21:15に終了しました。安蘭さんの「プレビューというものには慣れていないので、初日のような気がする」という挨拶が入ったので、通常よりは長かったと思います。ロビーではグッズやパンフレットの販売もありました。Mátéが切り裂きジャック役で出演した”Lulu”の2枚組CDも3500円で販売されていました。このCD、ドイツの友人経由で入手したのですが、アルゼンチンタンゴを思わせる妖しい雰囲気があり、なかなかいい感じです。

初日のWildhorn氏は黒いスーツ姿、お連れの女性は白のイブニングドレスでした。小池さんや劇場関係らしき方々とご観劇。出演者に宝塚出身者が多いせいか、タカラジェンヌの方々もいらしていたようです。

数曲しかなかった2010年3月のコンサートから、どうやって舞台版のボリュームにまで肉付けするのか、特に未亡人になってからのミツコは、彼女自身が偉大な人間なわけでもなく、むしろ子供達との間に溝が出来、どんどん意固地になっていく人物なので、どう観客の興味を失わせずに物語を引っ張っていくのかが心配でしたが、思った以上に良くできていると感じました。ハインリッヒとミツコの出会いから結婚、渡欧、大勢の子供達との大変だけれど愛に満ちた城での生活、夫亡き後の親戚達との戦いを経て、子供達の教育のためにウィーンを目指す前半と、成長した子供達とミツコとの確執が露わになり、世界が戦争に向けて不穏な状況へと進む中、家族と和解することなく、孤独に生きることになっても決して自分を変えようとしない頑なな老女の人生が描かれる後半は、コインの裏表のようでした。一人の女性のこれだけ多彩な面を演じきった安蘭けいさん、本当に素晴らしかったです。若く美しいミツコも良かったですが、私はむしろ次女のオルガと共にウィーン郊外でひっそりと暮らす年老いたミツコの時の安蘭さんが凄いと思いました。親の反対を押し切って国際結婚を果たしたにもかかわらず、自分の子供達にかつて自分が親から受けたのと同じ仕打ちをしてしまう矛盾を抱え、若い頃は先取の気質に富みながら、長い欧州暮らしの果てに行き着いたのは頑固な明治女。華やかな宝塚出身の女優さんが、そんなミツコの気持ちを理解し、演じるのはさぞ大変だったことでしょう。家族と暮らしたロンスペルクの城や、ウィーンで暮らしたヒーツィングの家、社交界の注目を集めた時代に訪れたブルク劇場や、晩年を過ごしたメードリングの家、そしてミツコが眠る墓地を訪れた安蘭さんが感じてきたものは、観客席にぐっと伝わってきましたよ! 晩年の脳溢血で半身不随になりよたよたと歩くミツコの姿は、まさしくミツコそのものでした!

家族や周囲の反対を押し切って来日したというMáté Kamarás(マテ・カマラス)、日本語の歌と台詞を完璧にこなしていました! 数年前は全く知らなかった日本語をここまで習得して舞台で披露出来るようになるとは、物凄い努力に脱帽です。ハインリッヒ役に外国人俳優を起用するというアイデアは、言語の壁と震災後の状況という両方の困難に立ち向かってくれたMátéなしには実現出来なかったことでしょう。プレビューでは連日の稽古でお疲れだったのか、声が大分かすれている印象を受けましたが、初日は一転して元気いっぱい、最初のナンバーの「西と東」では、ノリノリな伯爵様を披露してくれました。ミツコに一目惚れする場面では、気恥ずかしくなるような台詞で彼女の心を射止めるMáté。反ユダヤ主義の本質について子供達と話をする場面では、壮年期のリヒャルトを演じる増沢望さんが、演技をするMátéの後ろで台詞を語る二人羽織方式でしたが、リヒャルトの回想の一場面として違和感なく観られました。コンサート版での舞台進行が印象的だった増沢さん、大月さゆさん演じるNY在住の日本人女子学生百合子にミツコの人生を語るという今回の構成でも、存在感が光っていました。増沢さん、終盤では歌も披露してくれました!

青年リヒャルトの辛源さんは初見。しっかりした音程とそこはかとなく漂う初々しさが、14歳年上の舞台女優イダ・ローランとの恋愛に突き進む青年に良く合っていました。もっと経験を重ねていけば、より厚みのある役作りが出来るようになることでしょう。そのイダ役のAkane Livさんは、岡本茜さんとして出演したコンサート版からの続投です。リヒャルトが夢中になるのがよく分かる、ミュシャの絵に描かれたサラ・ベルナールを彷彿とさせる美しさと気品に満ちていました。女優らしい細身のドレス姿もレトロなスーツ姿も、時代の雰囲気にぴったり。透明感のある声も美しいという形容詞が相応しいです。元宝塚とは意外でした。ヘビメタの世界で活躍されているのはもっと意外でしたが(笑)。続投組といえば、池谷京子さんの照憲皇后のナンバー「大和撫子」をまた聴けたのも嬉しかったです。香取新一さん演じるアルメニア人のバービック、ハインリッヒの忠実な部下であり、大都会東京からボヘミアの片田舎にやって来たミツコが心を許せる数少ない存在でした。河合篤子さんの次女オルガ、地味な役ながらも、母の誕生日にも来ない兄弟姉妹とは異なり、独身で仕事にも就かず、最後までミツコの傍に寄り添った彼女の心のうちを知りたいと思わされる何かがありました。アンサンブルでは、パーティーでミツコに言い寄る武内耕さん演じる男爵の声量のある低音と、大袈裟な演技(笑)がツボでした。忘れてはいけないのは子役達の活躍ぶり! ミツコの息子、ハンス、リヒャルト、ゲロルフの3人を演じた坂口湧久君、関萌乃ちゃん、吉井乃歌ちゃんの元気溢れる演技と歌は、観客席の心を鷲掴みにしていました(笑)。坂口湧久君は「モーツァルト!」でアマデ役だったんですね。友人が「あんなに歌えるとは知らなかった!」と言ってました。確かに(笑)。

コンサートで既に耳にしていた曲も多かったですが、舞台化に当たって新たに作曲されたという「後ろを振り向かずに」は、図らずも震災後の日本への応援歌ともとれるような内容で、コンサート版のテーマソング「愛は国境を越えて」と並んで二大テーマソングとなっていました。カーテンコールでは「後ろを振り向かずに」が歌われました。アカペラでコーラスにしても似合いそうな、美しく耳に残るメロディーです。

「勉強」の歌は、ミツコがドイツ語の冠詞や複数の使い分けの難しさに苦しみつつもユーモラスに歌っていたコンサート版から、もっぱら子供達が歌うお遊戯的なナンバーに変身。個人的には「娘」の単数形Tochterと複数形Töchterの使い分けに悩むミツコをもう一度見てみたかったです。

「パン・ヨーロッパ」は力強いコーラスに支えられたLukas Permanのドイツ語の歌がとても感動的で、個人的に非常に気に入ったナンバーだったのですが、残念ながら舞台版ではコンサート版ほどの盛り上がりが感じられませんでした。歌詞がパン・ヨーロッパ思想を「一つになれば戦争は起こらない」「パスポートはいらない」等やや直接的に説明している印象があり、この一曲をコンサートで歌うには詩的さが足りないと思いました。コンサート版のドイツ語の歌詞はこんな感じではなかった気がするのですが、確かめられないのが残念です。耳に残るメロディーはとてもいいので、”Rudolf”の”Der Weg in die Zukunft”(明日への階段)のような盛り上がりを期待していたのですが・・・。

初日カーテンコールでは、安蘭さんの挨拶の後、「最後に歌います」ということで「後ろを振り向かずに」の全員での合唱があったので、一瞬ゲストの挨拶はないのかと思ってしまいましたが、歌の後にWildhorn氏や小池さんが舞台に登場しました。Mátéの隣には通訳さんがついていましたが、挨拶は全て日本語でした! 「僕は外国人ではありません。心は日本人です。ガンバレニッポン!」と言ってくれたMáté。舞台上で頑張る彼の姿を、欧州で彼のことを心配している人達に見せてあげたいものです。

会場では早くもハイライトCDの限定予約申し込み(3,500円+送料500円)を受け付けていました。どの歌が収録されるのか、早くも気になっております。

ウィーンのミツコのお墓、2010年5月に訪ねました。Hietzing(ヒーツィング)墓地13区69番、Tor 2(第2門)を入って真っ直ぐ坂道を上った先の階段の上にひっそりとありました。

Friedhof Hietzing
Maxingstraße 15
1130 Wien
http://www.friedhoefewien.at/

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