Marie Antoinette in Tecklenburg 2012年7月 Part 3

2012年7月ドイツの旅、Tecklenburg(テクレンブルク)の野外演劇祭Freilichtspiele Tecklenburgでの”Marie Antoinette”観劇記、Part 2はこちらです。

横長の野外舞台を活かした演出、舞台の左右中央と場所を変えての流れるような場面展開は観客の目を飽きさせません。冒頭、下手から幼い頃のMarie Antoinetteとおぼしきドレス姿の少女が辺りを見回しながらゆっくりと登場し、舞台中央の縁からスミレの花束を取り上げ、スキップしながらアーチ型の口を開いた上手のトンネル内に見える扉の陰に姿を消すと、入れ替わりに黒い巨大なマントを背後にはためかせながらゆっくりとCagliostroが登場する流れに、物語の中へ一気に引き込まれました。風をはらみ生き物のようにうごめくマントの下からは、4人の黒衣の男達とCagliostroが経てきた様々な時代の人々が姿を現します。この巨大なマントを使った演出は、他の場面にも使われています。黒衣の男達はCagliostroの部下というか金魚のフン(笑)的な存在。台詞はなく、パントマイムでCagliostroの意図をサポートします。

パーティー会場へと急ぐOrléansの行く手に現れるCagliostro。足早にその場を立ち去ろうとするOrléansの前に、例の4人が次々と立ちはだかり、主人の前から逃がさないように邪魔します。彼らのユーモラスな動きや笑いを誘う寸劇は、Cagliostroのいたずらっ子的な面を強調するかのよう。私はなかなか面白いと思いましたが、真面目な演出を好む人には少々やり過ぎに見えるかもしれません。野外劇場のお祭りムードの中であれば許容範囲といったところでしょうか。

Tecklenburgの特徴は群衆シーンが多いこと。Margridの最初の登場場面は、雑踏の中でスミレの花を売り歩く演出になっていました。パーティーに行く途中のOrléansが彼女から花を買って立ち去ると、群衆の中からぼろを身に纏い、帽子で顔を隠した老人がよたよたとMargridに近づき、彼女から渡された硬貨を検分するふりをして、ブリキのかけらとすり替えます。Orléansにだまされたと思い込まされたMargridが公の後を追いかけて走り去ると、老人は観客に向かって顔を見せます。にやっと笑うその顔はCagliostro。

舞踏会に入り込んだMargridが王妃や貴族達に嘲笑され、シャンパンをかけられる場面では、倒れたMargridめがけて本当にグラスから液体をかけていたことに驚きました。雨でも演技続行という野外劇場、グラス1杯程度では濡れたうちに入らないのかもしれません。王妃にシャンパングラスを渡すのはCagliostro。要所要所でちらっと物語に介入するこの演出、心憎いです。Bremen版をご覧になっていない方は、東宝版と音楽が全く違うことに驚くことでしょう。東宝版にはない王妃のソロ”Langweilen will ich mich nicht”(退屈なんてしたくない)は、目隠しをした王妃が貴族達と鬼ごっこをしながら歌います。この間、シャンパンをかけられたMargridは床に倒れたまま。

王妃と貴族達が嘲笑を残して消えた後に始まる”Blind vom Licht der vielen Kerzen”(百万のキャンドル)にも、多くの群衆が登場します。一人一人に語りかけるように歌うMargridの姿が印象的でした。歌の後、Felsenが王妃からだと言ってMargridにお金を渡そうとするシーンが続きます。

『完璧な王妃』の場面では、2階建てセットが使われます。長椅子で退屈そうな顔をしている王妃の前に、次々に高価な品物を持って現れる商人達。続いて財務大臣のTurgot(テュルゴー)が台帳を持ってやって来ます。ぼさぼさのロングヘアに濃緑色の上着の大臣、去り際にカツラを取りニヤッと笑って明かす正体はCagliostro。途中でやって来た王が左右違う靴を履いている様子は、前方席からは見えませんでした。何色の靴を履いていたのかが気になります(笑)。

AgnésとMargridの再会シーン。子供二人とその母親と共に登場したAgnésが、倒れた母親を看取った後、”Still, still”(流れ星のかなた)を歌い出すと、そこに現れたMargridが同じ歌を口ずさみます。10年前、Agnésがいた修道院で暮らしていたMargridでしたが、父親からの仕送りが止まったため、これ以上養うことは出来ないとある日突然放り出されてしまった過去が語られます。Agnésは当時養育費の担当をしていた修道女に手紙を書き、Margridの父親の手がかりがないか尋ねてみると彼女に約束しますが、本人は父親には興味がない様子を見せます。Bremen版の脚本を見ると、Agnésが手紙を書くと約束する下りはなかったので、この辺りは手直しが入ったようです。

そんなMargridを観察するのはCagliostroと娼館の女主人Madame Lapin(マダム・ラパン)。「彼女はどう?」とCagliostroがマダムに勧めると、マダムは「磨き直せば何とかなるかも」と値踏みします。AgnésがMargridに「駄目、娼館よ」と言うと、Cagliostroが「娼館ではなく、出会いの家」と訂正します。東宝版ではマダムの台詞だった部分が、Cagliostroに振り分けられています。この後Margridはすぐにはマダムについていかず、Strassburg(ストラスブール)で王妃の花嫁行列を見たことをAgnésに語ります。この歌は東宝版やBremen版ではスミレの花を買って貰う場面で歌われていました。誘われてすぐに娼館に行くのではなく、王妃との境遇の違いへの心情を吐露するこの歌が入ることによって、Agnésの制止を振り切ってマダムの元に行くMargridの気持ちが強く印象づけられました。東宝版では娼婦になることを選ぶMargridの気持ちの流れが唐突な気がしましたが、今回の改訂で改善されたと思いました。

Madame Lapinと娼婦達のナンバー『お望みかなえて』の出だしを歌うのは、2階建てセットの上部に登場するCagliostro。ジャズ風のアレンジで楽しげに歌う様子が見物です。マダムと共に姿を現す娼婦達は、ミニスカートの修道女やクレオパトラ等、コスプレ風の服装。それぞれ数枚のお札を手にした貴族風の男達が相手役に加わります。そこへやって来たMargrid、王妃のようなドレスを与えられ、「これが本当に私!?」と驚きます。女達と戯れながら店にやって来たOrléansに、Cagliostroが”Eine zweite Marie Antoinette”(二人目の王妃)と二人が似ていることを示唆すると、すかさず”Die eine ist schon zuviel”(一人でももう沢山)と返されます。ここで毎回観客が笑っていました(笑)。ここでOrléansのソロ”Weil ich besser bin”(私こそがふさわしい)が入ります。

娼館の場面の最後で二人になったMargridとOrléansは、仮面舞踏会へと出かけていきます。二人に柄のついた仮面を渡すのは、例のCagliostroの手下達。登場人物達が列を成して立ち位置を入れ替わっていく仮面舞踏会の演出は、東宝版やBremen版と同じコンセプトでした。ラストは王妃とMargridが互いに相手のパートナー(FelsenとOrléans)の横にいることに気がついてはっとすることで、二人がよく似ていることを暗示しています。

舞台下手の円筒の中に置かれたギロチンの前で、王とDr. Guillotin(ギヨタン博士)が会話する場面、王が刃に角度をつけてはどうかと提案します。Dr. Guillotinは腰の曲がったよぼよぼの老人。おぼつかない足取りでギロチン台に上がろうとする様子が、観客の笑いを誘っていました。後からやって来た王妃は、ギロチンを見て得体の知れない恐怖におののき、取り乱してその場を走り去ります。実は老博士の正体はCagliostro。

ギロチン台はそのまま次の場面、市民達が王妃を諷刺する『オーストリア女』の舞台に使われます。群衆達と共に王妃を嘲笑うMargridを止めるAgnés。盛り上がる群衆の前にFersenが現れ、「恥を知れ!」と劇を止めさせようとします。そこに兵士達が引っ立ててきたのはMadame Lapin。鞭打ちの刑に処され、Margridの前で血まみれの姿でこときれます。王の名の下、つまり王妃によって刑が執行されたことに憤るMargridと群衆が”Ich weine nicht mehr”(心の声)を歌う間に、Agnésは一人マダムに赤い布をかけます。Fersenは歌の間、群衆の間を縫って下手から上手の庭園のセットまで移動します。歌の後、Margridは群衆と共に布を持って退場します。

舞台下に続く階段から庭園に姿を見せる王妃。やっと二人きりになれたと思ったのも束の間、Fersenから米国に行くと打ち明けられます。引き留められないと知った王妃は、父王の形見のアミュレットをお守り代わりにFersenに渡そうとしますが、お守りが必要なのは王妃の方だからそのまま持っていて欲しいと言われます。喧嘩別れのようになってしまう流れは東宝版、Bremen版と同じです。二階建てセットの回転扉の向こうに王妃が姿を消すと、入れ替わりにCagliostroが登場。Cagliostroの新曲”Es ist nicht so”(そうではない)の中で首飾り事件が説明されます。複雑なメロディーで早口の歌だったので、歌詞の詳細はよく分かりませんでしたが、王妃が宝石商Charles Boehmerが勧めた高価な首飾りの購入を断ったこと、それを知ったMadame La Motte(ラモット夫人)が愛人のKardinal de Rohan(ローアン大司教)に首飾りを入手させ、だまし取ろうと一計を案じること、バラの庭園でフード付きのコートで顔を隠して王妃のふりをしたMargridにRohanが首飾りを渡し、代わりに一輪の薔薇を受け取ったこと、密会の直後に首飾りがMadame La Motteの手に渡ったことが、歌の合間に実際の場面として挿入されるので、話の流れは視覚的につかめました。首飾り事件の関係者が登場するのは、主に二階建てセットと上手の庭園の部分。舞台中央には歌の始まりと共にCagliostroの4人の部下によって、二つの半円形のテーブルが左右から運ばれてきます。合わさってリング状になったテーブルの周りをぐるぐる回りながら、徳利のような白い容器を手にした部下達は、何やら液体を調合しているかのような仕草をしています。Cagliostroはというと、舞台前方に腰掛け、足をぶらぶらさせつつ、三角形の小さな紙袋からナッツか何かを取り出して食べています。フランスの運命を左右する重大事件が起こっているというのに、ポップコーンを食べつつ映画を見ているかのようなお気楽なCagliostro。食べ終わった紙袋は小さく丸めて懐にしまっていました。

1幕ラストは聖母被昇天祭の場面。前のシーンからの流れで、Cagliostroはセットの壁にもたれかかって、次々登場する貴族達をニヤニヤしつつしばらく観察していますが、そのうち姿を消します。貴族達の外側には民衆とAgnésの姿も見えます。舞台手前の堀を通って姿を現したMargridも、民衆達に加わります。しどろもどろに挨拶をする国王の台詞を引き取った王妃が、聖母被昇天祭の祝日は伝統的に民衆のための日なので、国王に言いたいことがあれば何でも言うようにと人々に促すと、首飾りの代金を王妃からまだ受け取っていないという宝石商Boehmerが、支払いを願い出ます。Rohanが仲立ちをしたと知らされた王妃は大司教を呼びつけます。月明かりの中、庭園で王妃から首飾りと引き換えにバラを受け取ったと主張していたRohanでしたが、王妃の顔を見て人違いに気づきます。替え玉を演じたMargridを民衆の中に発見したRohanは騒ぎ立てます。一方Margridは鞭打ちの刑で命を落とした娼館の女主人Madame Lapinの血で染まった布を、殺人の証拠だとして人々に見せて歩き、最後に王妃に投げつけます。真っ赤な布を受け、その場に倒れ込む王妃。フィナーレはMargridと民衆による”Ich weine nicht mehr”(心の声)。観客席に向かって歌う大勢の市民達が絵的に圧巻です。歌の間、セットの二階部分中央に姿を現したCagliostroは、前後に腕を突き出す仕草を続けます。一瞬遅れて左右の部下達はボスの動作に従って手にした十字形の棒を前後させ、階下の人々もその動きに倣います。その様子は操り人形を動かしているかのよう。操られていないのは、人々の先頭に立つMargridだけ。

歌が終わり、人々が舞台上から消え去ると、倒れ込んだままだった王妃がよろよろと立ち上がります。観客に背を向け、よろよろと舞台中央のセットの奥へと進む王妃。左手に持った血染めの布と、ドレスの白、そして右半身を覆う紺色の肩掛けが、フランスの三色旗を連想させます。

Part 4に続きます。

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