Cats観劇記(2015年7月)

2015年7月の旅、ドイツ・Tecklenburg(テクレンブルク)の野外劇場Freilichtbühne Tecklenburgで”Zorro”に続いて”Cats”を観劇しました。

観劇当日の午前中は、近くのIbbenbüren(イッベンビューレン)の町に友人の車で行きました。Tecklenburgへの最寄り駅はこのIbbenbürenもしくはLengerich(レンゲリッヒ)になります。Deutsche Bahn(DB)の時刻表検索では、大抵Lengerichから両駅間を往復しているR45のバスでTecklenburgに向かうルートが示されます。町の規模はIbbenbürenの方がLengerichよりも大きいです。

写真では天気は良さそうに見えますが、Tecklenburgを出発しようと車に乗った瞬間に滝のような雨が降ってきて、しばらく車を出さずに様子見をしていました。Ibbenbüren到着時は小雨に変わっており、写真のように青空が見える時もありましたが、しばらくすると再び突然の豪雨に見舞われるという非常に不安定な天気でした。既に前日から悪天候が予想されており、オランダでは公共交通機関が麻痺したという話も聞いていましたが、時間が経つにつれ風雨が想像以上に激しくなり、とても屋外に出られる感じではなくなってきました。Freilichtspiele TecklenburgのFacebookにも次々と問い合わせが書き込まれ、覚悟せざるを得ないと思いながら劇場側の発表を待ち続けました。その後も嵐が止む気配は一向になく、結局17時過ぎに公演中止が発表されました。

日本を出るときにも台風の影響でフライトキャンセルになるのではとやきもきしましたが、まさかドイツで台風以上の暴風雨に観劇を阻まれるとは予想だにしていませんでした! 少々というか結構な雨でもよほどのことがない限り野外公演はキャンセルにはならないもので、ましてや観客席の大部分が屋根で覆われているTecklenburgで公演不可能な状況が発生するとは・・・! しかし外に出ると本当に身の危険を感じるレベルの悪天候になっていたので、出演者や観客の安全を第一に考えた劇場側の判断は妥当だったと思います。

突如暇な夜を迎えてしまった我々でしたが、「飲まないとやってられない!」とスーパーに電話し、営業時間を確認した上で豪雨の中ワインを買い出しに行ってくれた友人のおかげで、残念会は大いに盛り上がりました。

青空が広がる翌朝、友人達は一足先に帰って行きました。幸い後日発表された追加公演のチケットが取れたそうです。

友人達を見送った後、何度もTecklenburgに通ううちにすっかり顔馴染みになった劇場係員の陽気なおばさまと、広場のカフェで遭遇しました。前日のような悪天候は過去20年間なかったそう。チケットの売れ行きも良く、当日券100枚は売り切る自信があったのにと大変残念がっておられました。

この日は15時から子供向けミュージカル”Schöne & Biest”(美女と野獣ですがディズニー版ではありません)、19時から”Cats”が上演予定でした。部屋でくつろいでいると、17時を回った頃から高台にある劇場から”Cats”の音楽がかすかに聞こえて来ました。どうやら音響テスト中だったようで、MayaさんやYngveらしき歌声も聞こえました。

Cats
Old Deuteronomy: Reinhard Brussmann
Munkustrap: Armin Kahl
Plato / Macavity: Zoltan Fekete
Grizabella: Maya Hakvoort
Demeter: Caroline Frank
Bombalurina: Rachel Marshall
Rum Tum Tugger: Shane Dickson
Etcetera: Marthe Römer
Jemima / Sillabub: Celine Vogt
Tumblebrutus / Bill Bailey: David Pellerin
Victoria: Taryn Nelson
Mr. Mistoffelees / Quaxo: David Pereira
Skimbleshanks: Stephan Luethy
Mungojerrie: Nils Haberstroh
Rumpleteazer: Anna Carina Buchegger
Coricopat: Tobias Joch
Tantomile: Eleonora Talamini
Cassandra: Lucy Costelloe
Pouncival: Hakan T. Aslan
Gumbie / Jennyanydots: Benjamin Eberling
Bustopher Jones / Asparagus / Growltiger: Yngve Gasoy Romdal
Jellylorum / Griddlebone: Leah Delos Santos
Alonzo: Andrew Hill
Ensemble: Marco Herse Foti, Brett Hibbert, Fin Holzwart, Marta Di Giulio, Theano Makariou, Luisa Mancarella, Silja Schenk

“Cats”は今夏ドイツではTecklenburg及びKoblenz(コブレンツ)で上演されています。”Cats”は世界中でほぼ同じ演出で上演されるのが通例ですが、今回はどちらも独自演出による野外での公演ということで、注目を集めています。また”Cats”の新演出版が準備されている関係で、ドイツでの”Cats”上演はしばらくクローズされるという話です。musicalzentrale.deに掲載されているFreilichtbühne Tecklenburgの総監督Radulf Beuleke氏のインタビューは、舞台制作の裏話が満載です(ドイツ語)。Google翻訳等で読む場合は、日本語訳の精度が低いので、英語への変換がお薦めです。上演権管理会社Musik und Bühneからのオファーで”Cats”上演に至ったこと、既存の演出のコピーではなく、独自バージョンでの上演にしなければならなかったこと、制作チームや出演者は劇場側が自由に決められるようにしていること、稽古期間は4週間設けられており(比較的短いとの注釈あり)、1日のスケジュールは10~13時、15~18時、19時半~22時の3つの時間帯に分かれていること等、非常に興味深い内容が綴られていました。

Tecklenburg版”Cats”の監督はミュージカル・オペラ・オペレッタで幅広く活躍しているAndreas Gergen。Wien(ウィーン)ではUwe KrögerとPia Douwesの共演が話題になった”Der Besuch der alten Dame”(老貴婦人の訪問)、Drew Sarichがファントムを演じて評判となり、Andrew Lloyd Webber自身もサプライズ観劇に訪れたコンサート版”Love Never Dies”等を手がけた、まだ41歳の気鋭の演出家です。オーストリア・Salzburg(ザルツブルク)でUwe KrögerとWietske van Tongerenが出演した”The Sound of Music”、スイス・St. Gallen(ザンクト・ガレン)でThomas Borchertが主演した”Der Graf von Monte Christo”(モンテ・クリスト伯)も彼の演出です。

振付のKim Duddyはドイツ各地及びWienの”Ich war noch niemals in New York”(ニューヨークに行きたい)や東西冷戦時代のBerlin(ベルリン)題材にした”Hinterm Horizont”等の振付を担当した大ベテラン。今回は共同監督としても名を連ねています。

Gergen氏が選んだ”Cats”の舞台は廃墟となったサーカス。”Cats”でお馴染みの月が浮かぶ夜空を背景にしたゴミ捨て場とは逆に、開演時(20時、日曜のみ19時)にはまだ日が落ちておらず明るい中、濃い緑に囲まれた古城跡に建つ傾いたサーカス小屋は、真紅と黒のカーテンに赤いスロープと刺激的な色彩で観客の興味を惹きつけます。そこに集う猫達は擬人化され、それぞれが個性的な衣装やダンス・曲芸等で存在をアピールしています。Tecklenburgのコンクリート床の舞台でダンサーが踊れるのか不安がありましたが、舞台の前方に滑り止めのシートを敷くことで解決していました。

大勢の猫達がカラフルな衣装で横長の舞台を文字通り縦横無尽に動き回るTecklenburg版”Cats”、あまりにも見るべき所が多すぎて目の動きが追いつきません! しかも濃いメイクで誰が誰やら分かりません! こうなるのではと劇場の宣伝動画でMayaさん(Grizabella)、Yngve(Bustopher Jones / Asparagus / Growltiger)、Leah(Jellylorum)の姿は予習していたものの、歌声を聴くまでは本当に本人なのか信じられません・・・というか歌い始めても吹き替えなのではと思ってしまう始末。前々日に”Zorro”のタイトルロールを演じていたMunkustrap役のArminも、仮面とマントの人から猫耳君へのあまりの変身ぶりに、我が目を疑ってしまいました。また女性の役であるGumbie/Jennyanydotsは、エキゾチックな踊り子風の衣装を着た男性のBenjamin Eberlingが演じていました。今回の公演ではこうした変更も権利者側から認められているそうです。

サーカスをイメージしているだけあって、アクロバットやマジックに力が入っていました。Macavity(Zoltan Fekete)はわざわざ口から火を吹くパフォーマンスが出来る俳優をキャスティングしたそうです。Mr. Mistoffelees役のDavid Pereiraは、クラシックバレエからアクロバティックの世界に転じ、スペインのスポーツアクロバティックのジュニア王者になった後、18歳でシルク・ド・ソレイユに入団したという経歴の持ち主。舞台下手のセット上部の中央から吊り下げられた赤い布に引っかけたピンクの布を支えに、空中で180度以上開脚してバランスを取ってみせる等、人間業とは思えない様々なポーズを披露していました(エアリアルティシューというそうです)。全身虎猫模様で赤いパンツに赤いブーツという出で立ちのRum Tum Tugger(Shane Dickson)も、Mr. Mistoffeleesを片手で持ち上げる離れ業をやってのけます。Mungojerrie(Nils Haberstroh)とRumpelteazer(Anna Carina Buchegger)は二人一組の側転を披露し、Macavityに誘拐されたOld Deuteronomy(Reinhard Brussmann)は、Mr. Mistoffeleesが巨大なシルクハットの中から助け出してみせました。

“Cats”は劇団四季とドイツツアー公演を観ましたが、どの場面にどの猫が出てくるのか、あるいは出てこないのか等、細部を比較できる程詳しくなく、また広い舞台にちらばる猫達を満遍なく見渡すのは不可能だったので、全体を把握するのは早々に諦め、主にMayaさん、Yngve、Leahの3人を追いかけて見ていました。劇場猫Asparagus、通称Gusが主な役どころのYngveは、耳当ての付いた毛皮の帽子に黒いコート姿で、背中を丸めてショッピングカートを押しながら登場。先に映像で見て失礼ながら老人というよりゾンビのようだと思ったメイクは、舞台ではそれほど気にならなくてほっとしました(正視できるか心配だったので・・・)。Bustopher Jonesの時は、帽子もコートもブーツも全身白ずくめで、巨大なナイフとフォークを両手に持っていました。Bustopher Jonesのお尻の下で人間、もとい猫椅子にされた若者の腰は大丈夫だったのでしょうか? Bustopher Jonesはゾンビメイクではなかったので、役に合わせてメイク直しをしているようです。

黒髪にピンクと緑の花柄のハイウエストのワンピースを着たLeahは、老猫に寄り添う若い雌猫Jellylorum。看護師さんのようにYngve演じるGusの面倒を見るLeahの姿に、プライベートでもカップルな二人の老後を想像してしまいました。Yngveと出演していたドイツツアー公演では、LeahはSwingとしての参加で公演毎に役が変わっていました。私が観た時はJennyanydotsだったので、彼女のJellylorumをようやく見ることが出来て大満足。Gusを紹介する時のLeahの透き通るように美しく温かい歌声に、観客が惹きつけられているのが伝わってきました。ダンスシーンでは奥の石垣に腰掛けていることが多かった二人、途中で小雨が降ってきた時には、Yngveが自分のコートを広げてLeahの肩にかけてあげていました。2014年の”Der Graf von Monte Christo”でも、雨が降り出すとすぐに上着を脱いで相手役のAnn Mandrellaの肩にかけ、観客の喝采を浴びていたYngve。欧州の男性は紳士ですね!

Gusが昔演じた海賊役に思いを馳せる劇中劇の”Growltiger’s Last Stand”は、学芸会に出てきそうな布の波間に小さな船が揺れる場面から始まりました。赤と黒の衣装に身を包んだ海賊猫達が次々と登場し、最後に隻眼の海賊猫Growltigerが剣を振りかざして姿を現します。部下に凄みを利かせる勇猛果敢な海の男ですが、可愛らしいGriddleboneに出会った途端、恋にメロメロなちょっとかわいいおじさんへと大変身。赤い着物に寿の文字が書かれた赤い扇子を持つ芸者姿のGriddleboneと一緒に歌い踊るGrowltiger、鼻の下は伸びっぱなし、頬は緩みっぱなし。二人のデュエットはさすがに息がぴったりで、とろけるような幸福感に満ち溢れていました。オーケストラの演奏には何処か中国風の響きが感じられ、横に張られた布に影絵のように浮かぶ付き人達も、中国やベトナムの農民を思わせる笠を被っていました。しかし事態は急展開。巨大なギターの上に座っていたGriddleboneは「あ~~れ~~」とギターごと舞台から強制退場させられます。敵に囲まれたGrowltigerの戦いぶりは影絵となって布のスクリーンに映し出され、高々と掲げられた髪の先に刎ねられた首がぶら下がる非業の最期で幕を下ろします。

娼婦猫Grizabella役のMayaさんは、役柄上なかなか登場しませんでした。しかし遂にMayaさんが現れた途端、場の空気がガラリと変わりました! 音楽が暗い雰囲気になったからではなく、Mayaさんの唯一無二のオーラが世界の色を瞬時に塗り替えたのです! さすがMayaさん! お姿は猫ですが・・・。灰色のショートボブに灰色の毛皮の上着と膝下丈のワンピース、灰色のストッキングに灰色の靴と全てが色褪せているGrizabella。カラフルな猫達の中でその沈んだ存在が却って目を惹きます。皆が目をそらす中、銀色の胴衣にオレンジのミニスカート姿のJemima / Sillabub(Celine Vogt)は、Grizabellaを優しく見つめます。

ドイツ語で”Memory”は”Erinnerung”。Mayaさんが歌うこの歌は過去にも何度か聴くチャンスがありましたが、コンサートではなく実際に”Cats”の一場面として聴くと特別な思いが湧き上がります。このナンバーではMayaさんの傍らに、若く美しかった頃のGrizabellaが登場しました。金色に輝く美しい髪、まだ新しいグレーのワンピース、しなやかに舞い踊る身体。しかし全ては失われ、絶望に身を投げ出すGrizabella。彼女が救われる日は来るのでしょうか・・・? 2幕のハイライトの『メモリー』はまさに圧巻! ショーストップになるほどの拍手がわき起こり、ブラボーの声も飛んでいました。Mayaさんのデュエットパートナーの歌唱力が今ひとつだったのが残念でしたが、実力差が大きい分、Mayaさんの素晴らしさが改めて認識出来たのは、怪我の功名といったところでしょうか。

最前列下手寄りの私の席は、”Naming of Cats”の場面で猫達が寄り集まってぼそぼそざわざわと歌う位置の前でした。アジア系の観客が物珍しいのか、猫達が私を凝視しているのがダイレクトに伝わってきて、気分はまるでにらめっこ。思わず笑いそうになり、気持ちで猫達に負けました・・・。どの場面だったか失念しましたが、Gusが客席と舞台の間の壕を下手から上手に回りつつ物乞いをする演出があり、Yngveに手を出すように促されました。隣の席の家族連れの男の子も、ゾンビメイクにひるむことなく喜んで握手をしていました。猫達が列車のように連なって舞台を疾走する鉄道猫Skimbleshanksの場面等、ドイツではあまり聞くことのない客席からの手拍子も度々湧き起こり、舞台と客席が一体になる喜びに溢れた時間が飛ぶように流れていきました。

ラストの”Ad-Dressing of Cats”(猫からのご挨拶)では、Old Deuteronomy役のReinhard Brussmannが、お腹に響く重厚感溢れる声でしっかりと場をまとめてくれました。”Zorro”の父親Alejandro役では歌が少なくて勿体なかったですが、”Cats”では素晴らしいバリトンを堪能させて貰いました!

劇場サイトのフォトギャラリーと公式動画、是非ご覧下さい!

ところで公演中止になったチケットの払い戻しですが、公演日の2日後にチケットを購入したeventimから案内メールが届きました。7日以内にオリジナルチケット(今回は紙のチケットでした)とメールに添付されていた書類にサインをして送るようにとのことでした。返金対象は購入手数料とチケット代で、購入時及び返金手続きの際の送料は含まれていませんでした。チケット送付後10日ほどしてからeventimから振り込み金額の通知があり、翌日には購入時に使用したクレジットカードに返金されていました。

Freilichtbühne Tecklenburgの2016年の演目は、”Artus”及び”Saturday Night Fever”です。St. Gallenのオリジナル版に続き、二つ目のプロダクションかつドイツ初演となる”Artus”に、早くもミュージカルファンの熱い視線が注がれています。前売り開始は2015年11月18日です。

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