Chess in Concert観劇記(2012年2月)

ABBAといえばミュージカル界では”Mamma Mia!”につながりますが、ABBAの既存の楽曲から構成された”Mamma Mia!”とは異なり、最初からミュージカルとして書かれた”Chess”。私の”Chess”との出会いは、ミュージカルの世界に足を踏み入れたばかりの時、Wien(ウィーン)で見たElisabeth出演者4人(Pia Douwes、Uwe Kröger、Viktor Gernot、Marika Lichter)によるコンサート”Still in Love with Musical”でPia DouwesとUwe Krögerが歌った”Nobody’s Side”でした。当時はABBAも”Chess”も知りませんでしたが、とても迫力があり格好いい曲だと思い、その後入手したCD”Still in Love with Musical”で何度も聴いたものです。また同シリーズの”In Love with Musical”では、Piaの代わりに入ったMaya HakvoortとMarika Lichterによるデュエット”I know him so well”をこれまた繰り返し聞き込んだ思い出があります。

“Chess”はドイツでは割と上演されており、”Elisabeth”来日公演でLuigi Lucheniを演じたBruno Grassiniが、ツアー公演でAnatoly役をやっていたこともあります。ただ私自身は舞台を観る機会はなく、コンセプトアルバムは聴いたことがあったものの、ストーリーはざっくりと知っている程度でした。今回”Chess in Concert”の日本初演に当たり、予習がてら購入したRoyal Albert Hall版”Chess in Concert”のDVDの英語字幕と映像のおかげでやっと細部が分かり、楽曲の素晴らしさと相まって一気に”Chess”ファンになってしまいました(笑)。

梅田芸術劇場での公演は2012年2月10日から12日までの3日間4公演。そのうち初日を除く3公演に行ってきました。本当は全部行きたかったのですが、初日は別の予定を入れてしまったので、諦めることに。オープニングナイトのスペシャルイベント、見られなくて残念でした。

コンサート版、しかも荻田浩一監督のオリジナルバージョンということで、メインキャストはアメリカ人のチェス世界チャンピオン、フレデリック・トランパー(Frederick Trumper、中川晃教)、彼のセコンドで恋人でもあるハンガリー生まれで英国育ちのフローレンス・ヴァッシー(Florence Vassy 、安蘭けい)、ロシア人の挑戦者アナトリー・セルゲイフスキー(Anatoly Sergievsky、石井一孝)、チェスの試合を取り仕切るアービター(The Arbiter、浦井健治)、そしてアナトリーがソ連に残してきた妻スヴェトラーナ(Svetlana、Akane Liv)に絞られ、アナトリーのセコンドかつ監視役のKGB要員アレクサンダー・モロコフ(Alexander Molokov)や、グローバルテレビジョン社の人間でCIA要員のウォルター・ド・コーシー(Walter de Courcey)はカットされる大胆な構成。冷戦時代の政治を象徴するこの二人がいない分、登場人物の人間関係により重きを置いたストーリー展開になっていました。カットされた人物の台詞はアービターがかなり引き受けており、インパクトのある外見と相まって役が膨らんでいました。DVDではアナトリー寄りのストーリー展開ですが、アナトリーとモロコフの絡みがなくなったことや、元々はフローレンスが歌い、DVDではスヴェトラーナが歌っていた”Someone Else’s Story”がフレディに割り当てられる等の変更により、今回のコンサート版ではフレディの存在がクローズアップされています。モロコフが出ないと聞いたときにはどうなることかと思いましたが、Royal Albert Hall版の再現ではない、挑戦的で創造的な試みには大いに刺激されました!

チェス盤をイメージしたセットは、部分的に階段状になっている床面とその上に置かれたキングやナイト、ルーク等の駒が白黒のチェス模様になっていたり、客席に対して少し角度がつけてあったりとシンプルなのに複雑、奥行きと立体感がありました。天井から降りてくる長い金属の柱で四隅を支えられたテーブル型のチェス盤は、東西を代表する選手達の戦いの場であると共に、チェスの試合を支配するアービターの世界でもあります。このスタイリッシュなセットと、登場人物の心理を幻想的な色合いと的確なタイミングで巧みに照らし出す照明の美しさを存分に味わえる3階席を追加したのは正解でした!

DVDではチェスの試合中、複数のダンサーが登場しますが、荻田演出ではダンサーは大野幸人さん一人。軽やかに宙を舞い、ふわっと着地する大野さんのダンスの柔らかさ、何度見てもため息ものでした。チェスの世界の規律を重んじるのがアービターなら、道化を思わせる奇抜な衣装のチェスダンサーは、物語を混沌に導くトリックスターでしょうか。たとえば中川晃教さん演じるフレディが苦境に追い込まれ、試合を途中放棄する場面。そこここに佇むアンサンブルが捧げ持つ光るチェス盤の上の駒を取ろうとするたびに、チェスダンサーに手を払いのけられるフレディ。レッドカーペットを思わせる真っ赤な長い布を掲げるチェスダンサーに突進するものの、布に行く手を阻まれ続けます。チェスダンサーから布を奪い取ろうとするも失敗し、赤い布を身体に巻き付けたチェスダンサーは、チェステーブルの上に仁王立ちになって勝利を誇ります。余談ですが、フレディとチェスダンサーが布を引っ張り合う光景に、東宝版『モーツァルト!』を思い出しました。またアナトリーが王座防衛を賭けてソ連からの挑戦者と戦う場面では、挑戦者の席についたチェスダンサーが、アナトリーの前で駒を進めます。敵味方が直接対峙するのではなく、ダンサーを介して試合中の選手の心理を見せる幻想的な場面作りは、コンサートというより舞台のワンシーンを見ているようでした! 

音楽的には大編成のオーケストラとコーラスのDVD版とは異なり、メインの4人を支えるのは13人のオーケストラ+島健さんのピアノと6人のコーラスという小規模編成でしたが、全く遜色なし! 上垣聡さんのアップテンポな指揮に率いられた迫力あるサウンドが劇場空間を音の洪水で満たしたかと思うと、島さんのピアノがジャジーな雰囲気を醸し出すといった具合に、クラシックやロック、ジャズ等様々な要素を持った”Chess”の楽曲の魅力が、余すところなく引き出されていました。メインの4人の思惑が複雑かつ精緻なメロディーと共に絡み合う”Quartet”のハイライトでは、舞台から押し寄せる音圧が凄かったです。文字通り音楽をたっぷり含んだ空気が客席にぶわっと押し寄せてくるのを感じました!

フローレンスの安蘭さん、1幕はストレートヘア(安蘭さん曰く「黒木メイサちゃん風」)に白い縁取りのある黒のパンツスーツ、2幕は巻き髪にウエストを黒のリボンで締めた白いノースリーブのワンピースと、対照的な衣装はどちらもお似合いで素敵でした。元タカラジェンヌとは思えないロックでパワフルな”Nobody’s Side”(ピアノアレンジバージョンも素敵でした!)やしっとりと聴かせる”Heaven Help My Heart”等での歌の魅力、奔放なフレディと渡り合い、ソ連に蹂躙された祖国ハンガリーと失われた家族への思いを胸にアービターにくってかかる芯の強さと、アナトリーとの間に流れる切ない感情を見せる演技に、改めて素晴らしい女優さんだと感じ入りました。次回作がこれまた日本初演となる名作『サンセット大通り』とは、大変楽しみです! 

フレディの中川さん、これ以上の配役は考えられないでしょう! 自由でエキセントリックな世界チャンピオンの顔と、幼い頃の傷ついた記憶を胸に秘める孤独な青年、この振れ幅の大きい役は、中川さんの唯一無二の歌声と独特の存在感でしか表現できません! 名曲”Pity The Child”はまさに魂の叫び! 劇場中がフレディの人生を共に生きた瞬間でした。意表を突いた”Someone Else’s Story”への起用には、驚くと同時にこの曲の新たな魅力を知らされました。振り向きざまにフローレンスを指さしながら”Woman!”と皮肉る”Florence Quits”での挑発的な中川フレディにも、目が離せない磁力を感じました。”One Night in Bangkok”はアンサンブルと共に英語で披露。照明の赤、紫、金の華やかな色彩とダンス音楽に、劇場中が手拍子で大いに盛り上がりました! 中川さんと安蘭さんのツーショットは見る前は想像がつかなかったのですが、トークショーで中川さんからラブコールが聞かれるくらい、ぴったりと息が合ったデュエットに仕上がっていました。中川さんのパワフルな歌声に対抗出来る女性はそうそういません! 二人が共演するステージを是非また見たいです!

アナトリーの石井さん、はっきりとよく通る暖かな声に豊かな声量で、1幕ラストの”Anthem”を始め、数々の名曲をたっぷりと聴かせてくれました。元々ABBAのファンだという石井さん、相当思い入れを持って出演されたようで、裏話満載のブログやトークショーも楽しませて頂きました。明るいお人柄を存じ上げていると、アナトリーの陰気さ(笑)が和らいだ気がしました。”Anthem”といえば、曲に入る前にソ連からの亡命を決意したことの説明がなかったので、粗筋を知らない人にとってはアナトリーがこの歌に込めた祖国への思いが、やや唐突に感じられたのではないでしょうか。

アービターの浦井さん、茶色の長髪と白と黒のロングコートの衣装姿は舞台裏では高見沢さんと呼ばれていたそうですが、私には東宝版『エリザベート』のトート、更に言えばドクトル・ゼーブルガーのように思えました(笑)。そう思うとAkane Livさん演じるスヴェトラーナとのツーショットが、トートとエリザベートに見えてきました(笑)。『ロミオ&ジュリエット』の時も思いましたが、どちらかというと高めの声のイメージがあった浦井さんの低音に魅了されました。”It’s the U.S. versus U.S.S.R.”とDVDではコーラスが歌うフレーズを担当されていた時の低音がツボでした! ”The Story of Chess”のラストのフレーズ、「複雑かつ単純な喜びを伝える仕組みと歴史に感謝しよう」の超難解なメロディーを、全く危なげなく歌いこなす音程の良さにも驚嘆しました。「私こそが真理だ」とアンサンブルを従えてロックに歌い上げるアービター、最初はDVDのスーツ姿とは全く違うイメージにびっくりしましたが、慣れると癖になりそうです(笑)。

アンサンブルも一人一人が何人分ものパワーを放出していて、人間が歌っていると言うより最早オーケストラの楽器の一部と化している印象を受けました。特にひのあらたさんの重厚なバスは、複雑に絡み合うメロディーを支える屋台骨となっていました。『ロミオ&ジュリエット』のモンタギュー卿役ではあまり歌声の印象がなかったので、お腹に響く低音がこんなに素敵な方だとは不覚にも存じ上げませんでした。角川裕明さん、田村雄一さんとの男性3人コーラスのハーモニーは、たった3人とは思えない迫力! 女性陣も”MITSUKO”のイダ役が印象的だったAKANE LIVさん、同じく昭憲皇后役で気品溢れる歌声を聴かせてくれた池谷京子さんに加え、ソロパートの力強い声が心に残った横関咲栄さんという強力布陣。まさに少数精鋭でした!

千秋楽のカーテンコールで、キャストの方々が異口同音に今回のカンパニーの素晴らしさ、レベルの高さを讃えていたのが大変印象的でした。公演中、出番がない時間でも楽屋に帰る人がおらず、舞台裏でお互いの歌に聴き惚れていたという言葉に何の虚飾もないことは、あの場で感動を共有した人達には自明だったでしょう。これだけのクオリティーを実現したコンサートが、DVDにもCDにもならないとは残念でなりません。このカンパニーでのミュージカル化、島健さんのピアノも含めて是非是非お願いしたいです! 今の心の慰めは、梅田芸術劇場サイトに載っていた宣伝用のコンサート映像と、DVDを見ながらの記憶の再現のみ。ミュージカル化が決まるまで、Chess中毒が続きそうです(笑)。まだ2月とはいえ、2012年マイベスト作品国内部門は早くも決定したかもしれません。

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4 Comments

  1. spaさん、こんばんは。
    私も今回「Chess in Concert」を初めて観て、作品の楽曲の良さに加えて、今回のキャストの素晴らしさにとても感激しました。東京公演を3日連続で観ましたが、千秋楽は別の観劇予定があって、残念ながら…
    spaさんの感想が、まさに、私の感じた感動そのものを表現してくれているような感じでしたので、お礼を述べたくて思わず、投稿してしまいました。素敵な感想をありがとうございました。

  2. ぶりおっしゅさん、コメントありがとうございました。3公演ご覧になったとは、ぶりおっしゅさんも相当はまりましたね! "Chess in Concert"への感動はまだまだ書き足りませんが、続きはミュージカル化された際に語りたいと思います!

  3. spaさん こんばんは。
    友人から「"Chess in concert"が素晴らしかった!」と聞いていたのですが、詳細なレポをありがとうございます。
    日程があえば、是非一度みたかったのですが・・とてももったいないことをしたようで残念です。
    ミュージカル化の時は必ず行きたいと思います!

  4. りでさん、"Chess in Concert"をご覧にならなかったとは、大いなる損失ですよ(笑)。日本のミュージカル界がここ10年ほどで素晴らしい人材を育ててきたということがよく分かりました。今回のメンバーでミュージカル化が実現することを、切に願っております!

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