Kiss me Kate in Kristiansund観劇記(2018年2月)

Operaen in Kristiansund

2018年2月、連休を利用してプチ北欧旅行に行きました。メインイベントはノルウェー・Kristiansund(クリスチャンスン)での”Kiss me Kate“(キス・ミー・ケイト)観劇。ノルウェー最古のオペラ座Operaen i Kristiansundで開催されるオペラフェスティバルの上演作品に”MOZART!“(モーツァルト!)オリジナルキャストのWolfgangでノルウェー出身のYngve Gasoy-Romdalが出演するということで、ノルウェー在住の古くからのミュージカル仲間の友人達と現地集合しました。

ノルウェーの首都Oslo(オスロ)からKristiansundまでは空路で約1時間。橋を渡って対岸にある劇場付近まではバスで約20分、36 NOK(2018年2月現在1 NOK=13.6円)。カード社会のノルウェー、バスの運賃は乗車時にカード払い可能でした。停留所に時刻表がないので、ひたすら待つこと20分。ようやくバスが姿を現したときにはほっとしました。空港の英語サイトにはバスは15分に1本と書かれていましたが、ノルウェー語のサイトを見た友人曰く、実際には30分に1本だったようです。帰りのタクシーは270 NOKでした。

Kristiansund airport

Kristiansund airport entrance

Kristiansundはclipfish(ノルウェー語ではKlippfisk)、つまり干し鱈で有名な町だそうで、波止場に干し鱈をひっさげて仁王立ちする肝っ玉母さんの像が立っていました。その向かいには魚の束をぶら下げた少年像もありましたが、インパクトは断然女性像の方が上でした。近くには干し鱈専門店もありましたが、残念ながら閉店時間を過ぎていました。

Kristiansund harbor

clipfish woman

fisher boy

clipfish shop

オペラフェスティバルは、2018年で90周年という歴史あるイベントで、今年のメインプログラムはオペラ”Carmen“(カルメン)と”Kiss me Kate“でした。”Carmen”にはオスロから有名なオペラ歌手が招かれていたそうですが、初日は風邪を引いてしまい、舞台には登場して演技したものの、歌は口パクでオケピで代役が歌ったそうです。初日のチケットはあっという間に完売していたのですが・・・。

Carmen and Kiss me Kate

私が”Kiss me Kate”を観た日はフェスティバル期間中唯一の2回公演の日で、1回目は16時半開演、2回目は21時開演。休憩込みで3時間の公演なので、終演は真夜中! Osloから来る友人達とはフライトの関係で2回目の公演前に落ち合うことになり、1回目の公演は一人で劇場へ向かいました。

坂道を上った突き当たりに建っているアールヌーボー様式の劇場がOperaen i Kristiansund。玄関前にはシルクハットにフロックコートの案内係の男性が2名待機しており、厳かに木製の扉を開けてくれます。ノルウェーの地方都市の劇場でアジア人はアウェイ感満載でしたが、劇場前で以前会ったことがあるYngveファンのドイツ人女性に遭遇したおかげで心細くならずに済みました。

Kristiansund opera panorama

Kristiansund opera entrance

Kristiansund opera 90th anniversary

劇場のクローク代30 NOKまでカード払いOKなのには驚きました。プログラム代の50 NOKは売り子をしていたバレエの衣装を着た女の子に直接現金で支払いましたが、これも持ち合わせがなければきっとカード払い可能だったと思います。

客席に入った途端に「小さい!」と思わず口をついて出てしまったほどの劇場は、約500席というこじんまりした作り。オケピは客席と同じ高さで、指揮者の真後ろに当たる最前列の中央3席は見えにくいため安くなっていました。二階のバルコニー席だった友人は、音がこもって台詞は聞き取りにくかったそうですが、一階最前列は思ったほどオーケストラの音に邪魔されることなく、歌も台詞もバランス良く聞こえました。小劇場ですがオーケストラは24人編成という贅沢な環境。オケピ内上手の舞台寄りにはアップライトピアノが客席に背を向けて置かれていました。キーボードでなく生ピアノ、鍵盤が上下する音まで感じられる臨場感! 下手にはハープもあり、流れるような美しい音色が大変印象的でした。ノリノリの指揮者のおじさまもとても良かったです! 客席の椅子は講堂や会議室で使うような普通のもので、座面が堅くてちょっと辛かったですが。

Kristiansund opera auditorium

公演は全編ノルウェー語。しかも劇中劇のシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』はOslo方言、舞台裏の場面はKristiansund周辺の地域出身者を中心とした各出演者が、それぞれの出身地の方言で話すというのが目玉になっていました。Yngveの地元はKristiansundから車で2時間ほどのMolde(モルデ)ですが、Kristiansundとは異なる方言を話すそうです。関西弁とひとくくりにされても、実際には大阪弁、京言葉、神戸弁は違うようなものでしょうか。ノルウェー語の素養がない私には違いも何もありませんでしたが、Oslo近郊在住の友人には相当なまって聞こえたようでした。ノルウェー語が出来るYngveファンの方は2日前の公演も観たそうで、その際にロビーで声変わりする前のYngveを知っている人達の話が耳に入ってきたそうです。きっと地元の友人知人が次々と見に来ていたのでしょう。

舞台設定はオリジナルの米国・Baltimore(ボルチモア)ではなく、この”Kiss me Kate”を上演しているKristiansundのオペラフェスティバルそのもので、出演者は自分自身の役で出ていました。Yngveは舞台監督で『じゃじゃ馬ならし』には自らPetrucchio役で出演するYngve Gåsøy役(Yngveの本名のノルウェー語表記)。俳優達にあれこれ指示を出したり、拗ねて甘える若い愛人の御機嫌を取ったり、元妻の前で調子よく振る舞ったりと、実際の本人より5割増しくらい格好良く演じていたように思いました。舞台写真はOperaen i KristiansundのFacebookから引用しています(撮影:Kristian Leikanger)。

Yngveの元妻で歌姫のEli、劇中劇では男嫌いで気性が激しいKatharinaを演じるのはEli Stålhand。London(ロンドン)やOsloで活躍している方だそうで、過去の出演作には”Evita“、”Les Miserables“、”Chicago“等が並んでいました。スターの役にもかかわらず、どことなく大阪のおばちゃんっぽい親しみやすさを感じさせる雰囲気の持ち主。あまりビブラートは感じさせない滑らかな歌い方で、綺麗なだけでなく味のあるキャラクターヴォイスはドイツ語圏とも英語圏とも違う声質で、温かみを感じました。

ダンサーでYngveの若い愛人のGina、劇中劇ではKatharinaの妹Bianca役のGina Ranheim Bjerkanも、写真からはもっと高くて可愛い声を想像していましたが、ややアニメっぽい個性的な声でした。ノルウェーの女優さんはこういうタイプが多いのでしょうか?

舞台奥の左右に置かれた三角形の階段がメインの舞台装置。オープニングナンバーの”Another Op’nin’, Another Show“、オーケストラのメドレー演奏に乗って、次々出てくる劇場スタッフや俳優、ダンサー等の登場人物は現代の服装。白シャツに細身の黒いパンツ姿のYngveが上手の階段の上に姿を現すと、舞台上の人々が彼に向かって手を差し伸べます。その様子に一瞬”Jesus Christ Superstar“を思い出しました。階段を下り、下手で人々に囲まれたところで”Kiss me Kate”の中でも最も有名な”So in Love“のメロディーが流れ、ふっと遠い表情をするYngve。

客席上手から毛皮のハーフコートを身につけ、トランクを持ったEliが現れます。このコート、最初に用意されていた衣装が何らかの理由で焦げてしまったそうで、急遽貸してくれる人を募集する告知が劇場のFacebookに出ていました。

カーテンコールの練習をするところはオリジナル通り。途中で機嫌を損ねたEliに思いっきり平手打ちをくらうYngve。

Why Can’t You Behave?“、Yngveの愛人Ginaと彼氏でダンサーのBjørnar Øksenvågのデュエット。Bjørnarは劇中劇ではBiancaの求婚者の一人、Lucentio役で登場します。劇場スタッフの肝っ玉母さん的な恰幅の良い女性が、金欠のBjørnarのタクシー代を立て替えてあげる流れは、オリジナルを踏襲していました。

場面替わって舞台上手がYngve、下手がEliの楽屋。舞台中央に置かれた移動式の衣装ハンガーが二人の部屋の仕切りになっています。衣装の間から暖簾をかき分けるようにEliの部屋に顔を出すYngve。

オリジナルでは元妻の現在の婚約者は陸軍将軍ですが、今回のバージョンでは恰幅の良いお金持ち。友人曰く、ノルウェーの有名な資本家がモデルだったようです。ホワイトハウスにいる彼氏と電話で話す途中で大統領に代わる場面は、ノルウェーの首相官邸に置き換わっていました。現代なのでスマホで会話。途中でYngveが茶々を入れたり、Eliが聞こえよがしに甘い声で彼氏と話したりする様子は言葉が分からなくても面白かったです。二人で出た色々な舞台の思い出話に花を咲かせるところでは、Yngveが実際に出演したドイツ・Bad Hersfeld(バート・ヘルスフェルト)の”Jesus Christ Superstar“や『オペラ座の怪人』(ケン・ヒル版)といった作品名が飛び出していました。別の場面でも「東京で『シンデレラ』のプリンス・チャーミングを演じた」と小ネタが仕込まれていて、ファン心をくすぐってくれます。

思い出話の流れから始まる”Wunderbar“は、ドイツ語の『素晴らしい』をタイトルにしていますが、ノルウェー語でもそのまま”wunderbar”と歌っていました。昔を思い出して踊りながらいいムードになる二人。歌の最後には抱き合って熱烈な長いキス! そこに先ほどのタクシー代を立て替えた女性スタッフがやって来ますが、まるで気がつかないYngveとEli。一旦見なかったふりをして、改めて開演5分前を告げる気が利くスタッフ。何故別れてしまったのかなとふとセンチメンタルになる二人。

その後部屋に戻ったYngveは、身に覚えのない借金の件で二人の男に脅されます。実はBjørnarがYngveの名前を使って勝手に借金していたのでしたが、取り立てる側も取り立てられる側もそのことは知りません。

楽屋に届けられたスノードロップの花束に「私達の結婚式の時の花だわ! 覚えていてくれたのね!」と感激するEli。Yngveとの過ぎし日を思いEliが歌う”So in Love“。目の前にコンサートマスターがいる近さでロマンティックなメロディーをたっぷり聴かせて貰いました! 時々入るハープの粒だった音が本当に綺麗で感動!

一方付き人の勘違いでGinaに贈るはずの花束がEliに渡ってしまったことを知り、大いに焦るYngve。抜き足差し足で衣装をかき分け、Eliの楽屋に忍び込む様子が笑いを誘います。Gina宛のメッセージカードを探しているところへEliが現れ、花束の御礼を言われてしまうYngve。メッセージカードはEliの付き人のメガネの若い女性が渡すのを忘れていたと持って来ますが、取り返そうと奮闘するYngveの努力も空しく、「後で読むわね」とEliの胸元へ。そして”We Open in Venice“で『じゃじゃ馬ならし』の幕が上がります。

Padua(パデュア)の裕福な貴族Baptistaには二人の娘がいます。姉のKatharinaは窓から椅子を投げるような乱暴者で男嫌い、妹Biancaは可愛くてモテモテ。姉が先に片付かない限り、妹は結婚させないと父親が決めたため、Biancaの求婚者達がYngve演じる紳士PetrucchioをKatharinaと結婚させようと画策します。

Tom, Dick or Harry“でBiancaに求婚する3人の紳士達、全員イケメンのダンスが上手い若者で、目の保養になりました。Biancaも含めて全員相当踊れる人達で、高速ターンやリフトを次々繰り出してくる様は見応えあり! 女性のドレスは縦長の布を何枚もずらして重ね合わせてドレスの形にしたもので、立っていると普通にドレスに見えるのですが、リフトされてくるくる回ると縦長の布がそれぞれ風車の羽根のように広がり、白いレースで縁取られたカボチャパンツが丸見えに! 勿論衣装の一部ですが、こんなに見えてしまっていいのでしょうか・・・。

黒のつば広帽子と黒いマント姿で現れたYngveが歌う”I’ve Come to Wive It Wealthily in Padua“。妻は金持ちでさえあれば外見や性格はどうでも良いというこちらもかなり変わった男。自信たっぷりな歌い上げ系の歌は聞いていて気持ちいいです!

妹を追いかけ回し、男共を蹴散らすKatharina。如何に男がどうしようもない生き物かを嫌みたっぷりにとくとくと述べる”I Hate Men“では、大股を開いて苦しげに子供を産む真似に観客大受け。

Katharinaの父と持参金の額で合意に達したPetrucchio、「パパ!」と抱き合う様も観客の笑いのツボにはまっていました。

窓辺のKatharinaに向かってPetrucchioが歌う”Were Thine That Special Face“、Yngveの歌い方と管楽器とハープの音色が合わさると古き良き映画音楽のようで、とてもロマンティックな響きでした。ラストの超ロングトーンはさすがYngve!

しかし遂にGina宛のカードを読んでしまったEliの機嫌は一変。Yngveを睨み付け、罵るEli。お互いに間合いを取りながらぐるぐる回り、取っ組み合いになります。テーブルの上で両足を広げてあられもない格好になったKatharinaと彼女の脚を掴んでいるPetrucchioの姿を目撃した父親に、手が早いなと目を丸くされます。なおも怒り心頭のEliを前に、業を煮やしたYngveが彼女を捕まえて膝に載せ、お仕置きにお尻を叩き出すと舞台はもう大混乱。急遽幕が下ろされます。

幕が下りてその前でアンサンブルが取りあえず踊ってみせると、お客さんもそれに合わせて手拍子。しかし音楽が終わってもまだ準備は整っておらず、指揮者に再度の演奏を促します。3~4回同じフレーズを繰り返した後、ようやく幕が上がりました。

場面は楽屋裏に変わり、大いに立腹して舞台を降りると言うEliをYngveが何とか説得しようとします。彼に構わず荷物をまとめ出すEli。

自分の部屋に戻って付き人を呼びつけるYngve。ここの二人のやりとりで観客が超爆笑していたのですが、友人によるとEliに脇腹をどつかれたYngveが付き人に「ここから一番近いレントゲンが撮れる病院は(Yngveの地元で車で2時間先の)Moldeだ」と言われていたそうです。なかなかブラックなジョーク・・・。

彼氏に迎えに来るよう電話するEli。一方Yngveはまたも現れた例の二人組の脅迫者に、彼女が降板すると舞台が失敗し借金が返せなくなると吹き込みます。二人はEliにピストルをちらつかせ、Yngveの思惑通り舞台に戻らせることに成功します。

『じゃじゃ馬ならし』再開。アンサンブルによる愛の歌とダンスナンバー”Cantiamo D’Amore“。本来は後半のダンスシーンが長い場面ですが、コンパクトにまとめられていました。

いよいよ1幕フィナーレのKatharinaとPetrucchioの結婚式。”Kiss me Kate”はノルウェー語だと「キスマイケイト」と聞こえるので、某アイドルグループを思い出しました。鞭を手ににやりとした表情で登場するPetrucchio。びしっと床で鞭を鳴らして扉の向こうの花嫁を呼び出します。鞭使い上手い! 嫌がるKatharinaの腰に鞭を回し、綱引きのように引っ張り合う二人。唇を突き出して誓いのキスを迫るYngveのコミカルさに笑いがこらえられません! 英語だと”Never, never, never!”とKatharinaが美しいソプラノヴォイスで断固拒否するメロディーに合わせて小鳥がさえずり、それを更にKatharinaが真似するところでは、吊り物の小鳥を相手にもったいぶってピヨピヨピヨとやるEliにお客さんも大盛り上がり!

2幕最初のナンバー”Too Darn Hot“、次々と登場する若者達は分厚いコートの襟元を引き寄せて鈍い動き。舞台にはスモークが流れてきました。何と「クソ暑い」ならぬ「クソ寒い」演出! 冬のノルウェーでの上演ならではのナイスアイディア! 最初は寒さに震えていたダンサー達ですが、曲が盛り上がるにつれてどんどん動きが軽快になり、そのうち分厚いコートを脱ぎ捨て、タンクトップやキャミソール姿になる流れは秀逸! ブレイクダンスまで飛び出し、大いに客席を温めるナンバーでした!

さて、次は花嫁をVeronaに連れて帰る場面ですが、幕が上がる前にYngveが客席に向かってお尻を痛めたEliは馬に乗れないので、家に着いた後の場面から始めることを告げます。

意地悪なPetrucchio、両手に持ったクッションを椅子に置き、Katharinaが座ろうとしたところでさっと取りのけ、召使いが用意した肉を腐っていると下げさせ、お腹を空かせたKatharinaがこっそり胸元に隠したソーセージをつかみ出して取り上げます。花嫁のために用意された流行の帽子にも難癖をつけて彼女に与えません。憔悴したKatharinaに部屋に入れて貰えず、一人残されるPetrucchio。

Petrucchioが独身時代に付き合ったイタリア各地の女性達を思い出す”Where Is The Life that Late I Led“では、途中でテーブルの上に仰向けに横たわったり、床に寝っ転がったりと動きまくり。突然横になった状態でよくあれだけの声が出るものです!! 後で御本人に聞いたところによると、テーブルの上で仰向けになる演出は、初日の開幕前に突然監督に言われたもので練習する時間がなく、ぶっつけ本番で行ったとのこと! 途中でコンサートマスターがヴァイオリンから持ち替えて爪弾きだしたマンドリンの音色に、ヴェネツィアのゴンドラに乗っているような気分になりました。他の曲もそうですが、CDや動画で聴いた時にYngveの声には低いのではと思った部分は、自分の音域に合わせて上げて歌っていました。

Eliからの連絡を受けてやって来た巨体の資本家氏、実はGinaとも以前関係があったことが分かります。名刺を渡して連絡してくれと頼む資本家氏。ノルウェー語の台詞は全く分かりませんが、オリジナルの展開とはそうかけ離れてはいないようでした。

複数の男性を掛け持ちするGinaの態度を心配するBjørnarと対照的に、悪びれずあっけらかんとしたGina。「私なりのやり方であなたに忠実なのよ」と元気いっぱいな”Always True to You in My Fashion“では歌にダンスに魅力を爆発させていました。

Eliを迎えに来た資本家氏とEli、Yngveの会話場面。オリジナルで将軍が歌う”From This Moment on“はカットされていたので、資本家氏の歌声披露はありませんでした。とりあえず舞台は続行されることに。

Biancaの求婚者達の中でも一番熱心なLucentioによるポップなラブソング”Bianca“、歌うのはGinaの彼氏Bjørnar。

この後はオリジナルでは借金相手のギャングのボスが消されたため、ギャングの手下に脅される理由がなくなる下りなのですが、いかんせんノルウェー語なのでそもそも借金相手がギャングだったかどうかも分からないまま、会話が耳を通り過ぎていきました。

舞台を降りるとYngveに告げ、鞄を持って客席に降り、去って行くEli。その後ろ姿を見送るYngve。オーケストラが”So in Love“のイントロを切なく奏で出します。いよいよメインテーマ! ・・・がしかし一向に歌が始まりません。出だしを忘れたのかと勘ぐりましたが、そんな様子でもなく、音楽がどんどん進む中、Yngveは階段を上って消えてしまいました。何と歌なしのインストゥルメンタルバージョンに変更されていました!!! 後でYngveに聞いたところ、ここで歌うとオペラチックになってしまい、今回の現代的な雰囲気に合わないので、自らオケ演奏のみにするよう、監督に提案したとのこと! 作品全体を考えてのこととはいえ、自分のメインソロナンバーを削るように言う主役がこの世に存在するとは・・・。密かに楽しみにしていたナンバーだっただけに結構ショッキングではありましたが、いつかコンサートで聴くことが出来ることを願っております・・・。

幕が下り、その前でギャング二人組が”Brush Up Your Shakespeare“を歌います。歌詞中に『リア王』や『ハムレット』、『オセロ』のような有名どころから『コリオレイナス』、『尺には尺を』等のマイナー作品までシェイクスピア作品が多数登場するこの歌、英語歌詞で予習した際に、蜷川シェイクスピアで実際に見た舞台を色々と思い出しました。もっともノルウェー語版でも同じ作品名が出てきていたかどうかは謎です。

『じゃじゃ馬ならし』のフィナーレ、BiancaとLucentioの結婚式。大きな花輪を持った少女達が踊り、白いドレス姿の花嫁と花婿が幸せそうに登場します。PetrucchioとKatharinaも夫婦で出席するはずでしたが、Eliは既に去っています。ここで舞台は中止かと思われたところに、Katharinaの衣装に着替えたEliが息せき切って駆けつけます。Yngveに命ぜられるがまま、流行の帽子を投げ捨て、踏みつけるEli。そして美しい声で妻の心得を歌い上げます(I Am Ashamed that Women Are So Simple)。最後にYngveに抱きかかえられて決めポーズを取ったEliが、観客に向かって思いっきり舌を出してウィンクするのが絶妙! すっかり従順な妻になったと見せかけて、実は彼女こそが真の勝者なのかも!?

ラストナンバーの”Kiss me Kate“では全員が輪になったその中心でYngveとEliがダンスし、フラワーガール達から花びらが振りかけられました。全員の陽気なダンスから締めは二人の情熱的なキス。

2回目の公演のカーテンコールでは、突然指揮者に指揮棒を渡されて、振るように指示されて焦りました! その前にドイツ人Yngveファンに「2日前の公演では指揮棒を渡された人がいた」と聞いたところでしたが、まさかお鉢が回ってくるとは! ひとしきり振ったところ、笑顔でお褒めいただきました。

Yngveファンの方は彼のドイツ語圏ミュージカルデビュー作の”Sunset Boulevard“(サンセット大通り)から見ているそうで、”Kiss me Kate“にはYngveが今までに演じた役が集約されていると言っていました。演出家としてあれこれ采配する姿は”Sunset Boulevard“、Katharinaとの取っ組み合いは”Jekyll & Hyde“(ジキル&ハイド)、陽気でお茶目なPetrucchioは”MOZART!“と言ったところでしょうか。音楽的にもクラシカルな歌い上げ系のメロディーがYngveのパワフルな歌声とマッチして聴きごたえがありました。

『じゃじゃ馬ならし』は今日的な視点から見ると女性蔑視とも取れる内容ではありますが、”Kiss me Kate”では現実世界と虚構の世界のカップルのエピソードがお互いを補完し合って、意地っ張りで喧嘩ばかりしているけれども実は深い愛で結ばれている男女の物語が浮かび上がってきます。思い起こせば遠い昔に子供向けのシェイクスピア選集に『マクベス』、『リア王』、『ハムレット』等と並んで収録されていた『じゃじゃ馬ならし』を読んだ時は、鼻っ柱の強い娘に奇策で立ち向かう若者にスリルを覚え、全く折り合いが付かないと思えた二人が次第に心を通わせていく様を純粋に楽しんだものでした。現代の最先端のミュージカルは政治的・社会的・精神的に複雑なテーマを取り上げたものも多く、高度に進化していると感じます。その一方でいい年をした大人の男女が子供っぽく感情を開けっぴろげにする様を微笑ましく見つめるような古き良き恋愛物も、時代に合わせたブラッシュアップによって新たな輝きを放つものだと今回の舞台を観て感じました。

Kiss me Kate“が1948年にブロードウェイで初演されてから丁度70年の今年、映画演劇文化協会主催ハロー・ミュージカル!プロジェクト『キス・ミー・ケイト』の全国ツアー公演が開催されます(2018年6月30日から8月8日まで)。2017年の再演となるこのツアー、前回に引き続き一路真輝さんと松平健さんが元夫婦のカップルを演じます。ドイツ語圏ではドイツ・Bonn(ボン)のTheater Bonnで2018年9月15日から2019年1月20日まで計12公演が予定されています。Wienの”The Producers“(プロデューサーズ)で長身のスウェーデン美人を演じたBettina Mönchが主演を務めます。

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