Brigitte HamannがRudolfに物申す

ElisabethやRudolfの伝記作家として有名な歴史家Brigitte Hamann(ブリギッテ・ハーマン)が、Rudolfのプレビューを見た感想を、Die PresseNEWSのインタビューで語っています。

事前に脚本を読んだHamann曰く、「全体としては上手くできているし、あら探しをするつもりはないけれど、史実のRudolfとは全然違いますね」。歴史家としては、史実との相違点満載のミュージカルは耐え難いようで、「Vereinigte Bühnen Wien (VBW、ウィーン劇場協会)はチケットが沢山売れていて幸せね。私は見ませんけど」と辛辣です。

プレビューで見た娼館のシーンについては、「Rudolfは思慮深く、繊細な人間で、最後にはやせ衰えて、始終咳き込んでいた」ので、ああいう場所で大勢の女性を相手にすることは考えられないとの評。

Hamannによると、Rudolfは重い梅毒を患っていたそうです。当時軍隊の20%がこの病に冒されており、またKaiser Karl I.(皇帝カール1世)の父で、サラエボで暗殺されたFranz Ferdinand(フランツ・フェルディナンド)の弟に当たるErzherzog Otto(オットー大公)も、苦しみ抜いた挙げ句(鼻が腐って落ちたそう!!)、命を落としたそうです。父親のKaiser Franz Joseph(皇帝フランツ・ヨーゼフ)は壮健で、引退にはほど遠い一方で、自分はもう助からないことを分かっていたRudolfは、全ての混乱から逃げる道を選んだというのが、Rudolfの死についての説明だそうです。

ミュージカルではRudolfにとって重要な二人の女性、つまり本命の恋人Mizzi Kaspar(ミッツィー・カスパー)と母親のElisabethが殆ど描かれていないことも、Hamannには不満なようです。Mary Vetsera(マリー・ヴェッツエラ)のことは、実際はRudolfにとってはグルーピーの一人に過ぎない存在で、Mizziに心中を持ちかけて断られたため、身代わりに選んだに過ぎないとばっさり切っています。MizziはRudolfの考えに非常に驚き、彼を助けるためにTaaffe(ターフェ首相)に接触し、皇帝に皇太子の計画を伝えるよう哀願しましたが、進歩派で有能なRudolfを嫌っていたTaaffeは、何もしなかったそうです。TaaffeはRudolfの健康状態のことも分かっていて、どのみち自分の勝利は時間の問題だと思っていたそう。

Mayerling(マイヤーリンク)事件の詳細も、Hamannの説明では全くロマンティックとは言えません。皇太子に夢中な17歳の少女Maryは、Rudolfの死出の旅路に付き添うことで、歴史に名を刻むことを願います。当初は一晩過ごした後、馬車でウィーンに帰らせようと思っていたRudolfも、一人で自殺を決行することに不安を感じ、彼女を道連れにすることを決意します。半裸のMaryの頭を撃ち抜いた後、更に数時間死体のそばでためらっていたRudolfは、遂に夜明け頃、鏡の助けを借りて自分自身の頭を撃ったということです。

Hamannの矛先は、ミュージカルの原作、Frederick Morton(フレデリック・モートン)の”A Nervous Splendour”(邦題:ルドルフ ザ・ラスト・キス)にも向かいます。Hamannは1977年にRudolfについての論文を書き、翌78年に本として上梓したのですが、そのわずか3ヶ月後にMortonの小説が出版されます。「間違いだらけね」と放り出したその本が、アメリカでベストセラーになったため、Hamannの本は英訳されるチャンスを失ったそうです。

さて、Mortonの反応はというと。「歴史家としての彼女のことは、高く評価しています。しかしRudolfの病は梅毒ではなく淋病だったのですし、それはもう治っていたのですよ。彼は女たらしで、才能に恵まれたジャーナリストでした」。Hamannを攻撃するつもりはないようで、「私達は同時期に本を出しただけですよ」。監督のDavid Leveaux(デヴィッド・ルヴォー)も、ミュージカルは歴史にのみ基づくものではなく、舞台で何が出来るかを念頭に、特定の観点を取り上げる必要があると言っています。監督にとってRudolfは、カゴから出ようとするものの、常に壁に向かって飛んでしまう鳥であり、ハムレットとヘンリー5世をミックスしたような存在だそうです。

Hamann自身はRudolfに対して共感を覚えているそうです。Elisabethの出身一族Wittelsbach家譲りの知性を持った優秀な青年だったRudolf。しかし熱烈に崇拝する母は不在がち、父親は全く理解がなく、息子を乳児の時から軍隊に入れて英雄に仕立て上げようとし、繊細で気の弱い皇太子は、少年時代の酷い教育によって、早々に壊れてしまったのだと分析しています。

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2 Comments

  1. ブログ開設おめでとうございます!
    朝な夕なにチェックさせてもらいますね♪

    mogu

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