王家の紋章観劇記(2016年8月)

連載開始から40年という驚異的な人気を誇り、少女漫画の金字塔と謳われる『王家の紋章』。子供の頃から知っているあの名作が、”Elisabeth”や”MOZART!”を手がけたLevay御大の曲でミュージカル化されると知った時から、大変楽しみにしておりました。2016年8月5日の東京・帝国劇場での初日と続く2日間の計4公演を観劇しました。

客席に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、ナイル川の揺らめく水面を思わせる青、緑、紫が入り交じった照明に照らされた、舞台上空にかかる巨大なファラオの首飾り。その鮮烈な印象と息を呑む美しさに一気に期待が高まりました。舞台上に照明が描き出す水の戯れは是非2階席からご覧下さい。舞台の左右には青緑の光に縁取られた巨大な石板が、手前から奥に向かって3枚ずつ聳え立っています。表面に彫られたヒエログリフがエジプトらしさを醸し出しています。映像が使用されていないのは、演出の荻田浩一さんと美術の二村周作さんの意図によるものだそう。映像が多用される中、リアルな舞台装置が削られていく昨今の傾向に安易に同調しない姿勢に好感を抱きました。

Levay御大による楽曲は、製作発表で披露された曲以外は勿論全く初めて聞くメロディー。シリアスなナンバーは『マリー・アントワネット』の2幕の曲調に似ていると感じた部分が多々ありました。キャロルが発掘隊と共にピラミッドの内部に赴く場面でかかるアメリカンポップス調の『憧れに生きる』(Standing in Time)は、これまでのLevay御大の作品からするとかなり意外なメロディーラインでしたが、ハリウッド映画や米国の歌手に楽曲を提供したこともあるグラミー賞作曲家としてのLevay御大の一面が窺い知れます。

初見の際は物語の進行の方に気を取られていたためか、音楽はさらさらと流れてあまり記憶に残っていなかったのですが、観劇を繰り返していくうちに、メインテーマでありアイシスがソロで歌う『想い儚き』(Unrequited Love)が耳から離れなくなっていました。イズミル王子がキャロルを誘拐する際に催眠術をかけるように歌う楽曲『囁き』(Whisper)も「そっと、耳にそっと」のミステリアスな響きが印象的で、頭の中を回っています。メンフィスとアイシスのデュエット『イシスとオシリスのように』(Like Isis and Osiris)では、兄と妹であり夫と妻でもあるエジプトの神々イシスとオシリスに自分達をなぞらえる姉アイシスに対し、「オシリスは死者の神、だがエジプトに必要なのは生きている王」とメンフィスが拒絶する掛け合いに迫力がありました。個人的にはキャロルとメンフィスのデュエット『捧げるべき愛』(Love to Give)よりもこちらの方が印象に残りました。初日カーテンコールの映像で流れるメロディーを聞くと、各場面が蘇ってきます。余談ですが、映像編集時にLevay御大の初日挨拶に通訳の音声が重ねられてしまったため、せっかくの御大の肉声を聞くことが出来なくなっています。Levay御大の新作に興味津々のドイツ語圏の友人達に御大の声を直接届けることが出来なくて大変残念に思いました。

物語の構成は、上演時間3時間余りの時間的制約の中でよくここまでエッセンスを詰め込んだものだと感心しました。キャロルの現代人としての知恵の見せ所である水を濾過するエピソードや、サソリに刺されたメンフィスの傷口から毒を吸い出す場面(原作ではコブラ)、はたまた激高したメンフィスに腕を折られてしまう場面等から、夢中になって読んだ当時の記憶が蘇って来ました。熱心なファンの方がどう思われたかは分かりませんが、ミュージカル『王家の紋章』として原作を知らない人でも楽しめる独立した作品として成立していると思いました。初見の際は前半が長すぎるように感じましたが、1幕ラストで現代に帰るためにはかなりのエピソードを消化しておく必要があったことは理解出来ます。

舞台上での時間と空間の使い方も見事です。現代で行方不明のキャロルを心配する兄ライアンと、古代でそれぞれキャロルに想いを寄せるエジプト王のメンフィスとヒッタイト王子のイズミルが同じ舞台空間の中で同時に現れる場面では、異なる時空間での出来事が、透明なフィルムに描いた絵を重ね合わせたかのように同時進行していきます。時間と空間が錯綜しつつも、物語が複雑になり過ぎて観客が置いてけぼりになることがないよう、配慮と計算が働いていると感じました。登場人物も名前がついているキャラクターが多いですが、それぞれ個性がはっきりしており、ポイントになる見せ場があるので、印象に残りやすかったです。

荻田さんが宝塚時代に演出された作品を観たことはありませんが、アンサンブルが立ち姿のキャロルをそのまま持ち上げる動作や、エジプト軍とヒッタイト軍の戦争の場面でのアンサンブルの動きに宝塚らしさを感じました。敵陣で青緑色の薄いマントを翻しながら剣を振るうメンフィスの決めポーズは、宝塚の男役トップスターか歌舞伎役者のよう。兵士達が手にした剣を上下させながら一斉に踊る群舞にも、統制の取れた宝塚のダンスナンバーを思い起こしました。剣が交わる際の効果音がずれている箇所が気になりましたが、殺陣ではなくダンスの動作だと思えば多少甘くても許容範囲でしょうか。女性ダンサーが頭上に掲げる水色の布で表現するナイルの流れにも、宝塚風の優美さを感じました。

衣装は原作のイメージを受け継いで、細部まで豪華に作り込まれています。鮮烈な色彩と宝石や刺繍に彩られた王族の華やかな衣装、土や緑を感じさせる臣下や庶民の衣装は、布地の質感にまでこだわっていることが見て取れます。エジプトの国花である蓮のモチーフが、キャロルとメンフィスの衣装にそれぞれ花と葉で用いられているのは、衣装デザインの前田文子さんのこだわりだそうです。冒頭のキャロルが被っていた白い帽子が風に飛ばされて金色の髪が露わになる演出から始まり、ピンクや赤、エメラルドグリーンに白と、金髪を引き立てる明るく可愛らしい色使いが見た目に華やかでした。メンフィスとアイシスの衣装は青や水色、緑、紫、金と高貴さを感じる色でまとめられています。ルカ、ウナス、セチ、ナフテラ女官長といった臣下達の、土や緑を感じさせる落ち着いた色合いの衣装は、ざらっとした質感も含めて実際に古代の人達が着ていた服はこんな感じだったのではと思わせるリアルさを見せていました。

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出演者で最も唸らされたのはアイシス役の濱田めぐみさん! 劇団四季退団後、特にFrank Wildhorn作品には必ずと言っていいほど出演されている濱田さんは何度か拝見していたものの、正直あまり合っていない役柄での出演も多かったように思っていましたが、アイシス役は彼女以外考えられない程のはまり役! 『二都物語』で濱田さんをご覧になり、彼女の出演を希望されたというLevay御大の寵愛ぶりは、濱田さんがメインテーマをソロで歌うことからもはっきり分かります。冒頭と終幕の神秘的なナレーションも濱田アイシスの存在感を大いに高めています。滑舌の良さ、豊かな声量、高音や静かな箇所でも息が逃げずにしっかり声が保たれている安定感に加え、メンフィスのことだけを考え、愛のためには冷酷な行動も厭わない非情さや、そこまでしても報われないことを知った時のアイシスのやるせない気持ちを、美しい旋律を通して時に激しく、時に切なく表現する濱田さん、実に素晴らしかったです!

出番の度に自然に耳が追いかけてしまう素晴らしい美声の持ち主は、ミヌーエ将軍こと川口竜也さん。落ち着いた大人の朗々と響く豊かな声に惚れ惚れしました。アイシスに密かに思いを寄せているミヌーエ将軍、思いあまって彼女に気持ちを打ち明けますが、当然のことながら一蹴されてしまいます。それでも健気に尽くし続ける将軍は、ある意味一つの少女漫画的男性の理想像でしょう。川口さんは『レ・ミゼラブル』のジャベール役で活躍されていますが、私が観た回では出演されていなかったので、次回のレミゼでは川口さんの出演回に行こうと思います。

イズミル王子は宮野真守さんと平方元基さんのダブルキャスト。情熱的な宮野イズミルとクールな平方イズミル、それぞれが甲乙つけがたい異なる魅力の持ち主です。宮野さんはNHKで放映中の『マスケティアーズ』ダルタニアン役やアニメ版『デスノート』の夜神月役等、声優としての活躍は存じ上げていましたが、ミュージカル俳優としても期待以上の素晴らしさ! 舞台映えする長身、しっかりした体幹から発せられる力強く明瞭で表情豊かな声、音程の確かさに魅せられました。袖の長い独特の衣装を怪しく揺らしながらミステリアスにキャロルに迫るかと思うと、ヒッタイトの威信を賭けてメンフィスとの戦いに臨む激しさを見せる演技も舞台上で映えました。これだけ素晴らしい人材がミュージカル界に参入してくることは、ファンにとっては嬉しい限り。若手ミュージカル俳優の層が厚くなることで、作品毎に相応しいタイプの方がキャスティングされるようになっていくことを願います。平方イズミルは『レディ・ベス』で演じたフェリペ皇太子を彷彿とさせる部分もありました。歌は音が飛ぶ難しいメロディーラインのコントロールがやや不安定に思いましたが、回を重ねる毎にもっと自分の物にされることでしょう。

宮野さん以外にも東宝ミュージカルでは初お目見えのフレッシュな人材が目を引きました。まずはイズミル王子に仕えるヒッタイトのスパイ、ルカ役の矢田悠祐さん。終演後にご一緒した3名の方々とルカ押しで即意見が一致するくらい、存在が光っていました! イズミル王子の忠実な下僕で、エジプト宮廷に入り込むためには奸計も厭わない策士でありつつも、キャロルには一目置いているルカ。元々役柄的に美味しいポジションではありますが、そこを引き立てた矢田さんの素晴らしい演技、他の作品でも是非見ていきたいです。

ナイルの川岸に流れ着いたキャロルを見つけた少年セチを演じた工藤広夢さん、現役大学生という若さに驚きです! 帝劇ロビーの貼り紙によると、元々出演予定だった方が体調不良で降板された後を継いでの出演決定だったそうで、運も味方につけているかのような新星登場です。キャロルをひたむきに慕い、彼女を守ろうとする純粋さが終盤に涙を誘います。歌と演技がこれだけ出来る上に、メンフィスのソロナンバーの背後でソロダンスを披露する程のハイレベルなダンサーであることも、彼の強みでしょう。『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の伯爵ソロを思わせるこの場面、メンフィスもセチもどちらも目を離したくないのに同時に見るのは不可能というジレンマに苦しみました!

メンフィスの逆鱗に触れ、投獄されてしまうキャロルを密かに見守り、その後も陰に日向にキャロルを助けるメンフィスの臣下ウナスを演じている木暮真一郎さんも、オーディション時には現役大学生だったという新人。初舞台が帝劇プリンシパルという大抜擢も、彼の歌を聞けば納得です。お腹の底から身体全体を使ってしっかり出している深い響き、明瞭な発音、声そのものの魅力等、ミュージカル俳優に求められる要素を高いレベルで実現しています。初舞台とは思えない堂々とした演技と強い目力にも惹きつけられました。これが宝塚なら新人公演でメンフィスをやっても良いのではと思うくらい、ポテンシャルの高さを感じる逸材です。次回作『スカーレット・ピンパーネル』でのご活躍も楽しみです。

ナフテラ女官長の出雲綾さん、アンサンブルナンバー中のソロで歌うフレーズが物凄く難しいにもかかわらず、軽々と歌いこなされている様に毎回目を見張りました。恐らくLevay御大も出雲さんなら歌いこなせるとばかりに技巧を凝らしたのでしょう。毎公演密かに楽しみにしていたナフテラのソロパートでした。

伊礼彼方さんのライアンも原作のイメージにぴったりのキャスティング。歌も演技も全てにおいて安心感があり、何でも任せきって信頼できる素晴らしい存在、まさに頼れるライアン兄さんです。出番は決して多くはないものの、物語の現代パートの担い手として要所要所を締めています。『グランドホテル』を見る予定にしていたのが、旅行でキャンセルしてしまったこともあり、ここしばらく伊礼さんの舞台に縁がなかったのですが、久々に拝見して改めて良い役者さんだと思いました。是非もっと関西にお越し下さい!

愛加あゆさん演じるヒッタイトの王女ミタムン、メンフィスとの結婚をもくろむミタムンを邪魔者と判断したアイシスにより、生きながら炎に焼かれ、非業の死を遂げてしまいます。炎に巻かれるミタムンを炎の映像を使わずにダンサーと赤い炎をかたどった小道具で表現した演出、次第に火の勢いが強くなり、業火に変わっていく効果音と相まって、実際の炎を見るよりも恐ろしい場面になっていました。1幕で早々に死んでしまったミタムンですが、その後は幾度となく焼けただれた姿の亡霊として現れます。

エジプトの宰相イムホテップ役の山口祐一郎さん、1幕がかなり進行してからの登場です。長髪と白いヒゲに裾の長い服がまるで仙人のよう。外国から帰還した宰相、噂のナイルの娘に会ったことが嬉しすぎるのか、重々しい外見にそぐわずぴょんぴょん跳ねておられました。初日はマイクの音量が上がっていたように思いましたが、他の回では余り気になりませんでした。それよりも他のキャストと比べると一つ一つの台詞や動作が遅く、冒頭からさくさくと進んできた作品のテンポに急にブレーキがかけられたような違和感を覚えました。アイシスにキャロルはエジプトに幸運をもたらすと説く場面では、間を取っているのか台詞が出てこなかったのか見ているこちらが迷ってしまいました。フィナーレでイムホテップがメンフィスとキャロルを言祝ぐ『二人をつなぐ愛』(Wings of Love)、声量的にはこの歌に必要な迫力がありましたが、音程の取り方がしっくりこないように思いました。

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キャロルは新妻聖子さん、宮澤佐江さんのダブルキャスト。『王家の紋章』ファンを『王族』と称するそうですが、三十数年来の王族だという新妻さんの入魂のキャロルは元気に溢れ、勇敢で物怖じしない現代女性。一挙手一投足がキャロルならこう振る舞っただろうというリアリティーに満ちていました。徐々に募るメンフィスや古代エジプトへの思いと、現代人の自分の存在が争いを巻き起こし、歴史を変えてしまうかもしれないという懸念との葛藤に揺れるキャロルの気持ちが、力強く思い溢れる歌声を通して心に真っ直ぐ届きました。音楽的にも新妻さんが『マリー・アントワネット』以来再びLevay御大と組んだことを、非常に嬉しく思いました。

元AKB48グループの宮澤佐江さん、『王家の紋章』への出演が発表されるまでは全く存じ上げませんでしたが、Levay御大の難しい楽曲に果敢に挑む姿に好感を持ちました。キャロルが発掘隊と歌う『憧れに生きる』(Standing in Time)やテーベの街を見物する場面でのダンスナンバーは、はつらつとした宮澤さんの持ち味が出ていました。宮澤キャロルの初日、物語最初のメンフィスの棺に添えてあった花束を手に取る場面での台詞がかなり硬かったので、一瞬心配になりましたが、その後はキャロルと宮澤さんの奮闘ぶりが重なりました。

メンフィス役の浦井健治さんは、最初に発表された衣装姿があまりにも原作のイメージぴったりで、リアルメンフィスぶりに驚きました。外見だけでなく、立ち居振る舞いもまさにメンフィス! 台詞の時の声は『Chess』のアービター役を思わせる低音で、王らしい威厳に満ちていました。歌の方は高めの声で歌うことが多かったのですが、個人的には浦井さんにはむしろもっと低音を磨いて骨太の声を聴かせて貰いたいと随所で思いました。高音になると声がうわずる傾向があり、喉から出しているように聞こえてしまうのが惜しかったです。新妻キャロルや濱田アイシスとのデュエットでは、女性陣の声のパワーにやや負けていたように感じました。また台詞も早口になると滑舌が曖昧になりがちでした。常に全力で作品に取り組み、高いレベルでのアウトプットを見せてくれる浦井さんの、いつもならあまり気にならないような点が気になってしまったのは、周りのレベルがそれだけ高かったからです。太陽神の息子と考えられたファラオに相応しく、素晴らしいキャストの中でも一際輝く存在になるよう、これからも一層高みを目指して頑張って下さい!

初日の舞台挨拶では、原作者の細川智栄子先生と芙~みん先生のお二人が客席に来られていることが紹介されました。翌6日の昼公演にも来られていたそうです。伝説的な作品の著者の方々と同じ空間にいられたことに、大変感激しました! また何とありがたくも終演後にサインを頂くことが出来ました! お時間がない中、快く応じて下さった先生方に感謝申し上げます。

Levay御大もご家族や関係者の方々とお見えでした。Levay御大のお嬢さんは製作スタッフとして関わっておられます。奥様がされていた大ぶりの石が連なったネックレスが舞台セットの巨大な首飾りに良く似たデザインだったので、合わせたのかと思ったら、全くの偶然だと仰っていました。セットを目にして驚かれたそうです。

初日カーテンコールで浦井メンフィスから2017年4月帝劇、5月梅田芸術劇場での再演が発表された瞬間、客席がどよめきました。ミュージカル『王家の紋章』が原作同様長く愛される作品になることを、心から願っています。


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