ダンス・オブ・ヴァンパイア観劇記(2016年1月)

2012年1月以来の『ダンス・オブ・ヴァンパイア』、大阪公演を2回観劇しました。ウィーン・ミュージカル”Tanz der Vampire”ファンの視点から、久々に日本版を見て思ったことを備忘録代わりに書いておこうと思います。

まず美術で気になったのは、冒頭の宿屋のセット。クレヨンで描いた子供の絵を思わせる単純な宿屋の外観の絵がしずしずと降りて来たのを見て、「え?」と思ってしまいました。ロングラン前提のウィーン公演と地方公演もある今回のプロダクションを単純に比較できないのは分かりますが、それにしてもこれから始まる吸血鬼達の華麗な世界への導入にしては、いくら宿屋と言っても残念な気持ちになってしまいました。クロロック城の場面で舞台の左右からスライドする透かし模様の扉は、舞台空間にアクセントをつけていて良かったです。大型の舞台装置は螺旋階段がメインでしたが、舞台空間の上の方はあまり使われていませんでした。特に1階席からだと何もない空間が目立ち、全体として寂しい気がしました。宝塚の大階段を思わせる螺旋階段の電飾は、華やかと言えば華やか、キッチュな気がしないでもないですが、日本的にはありなのでしょう。そういえばサラの城での入浴シーン、ウィーンでは「伯爵に貰ったの」とアルフレートに見せるスポンジが大きくなっていたのが笑いのツボだったのですが、このやりとりは今回なかった気がします。

出演者は新規参加組が多かったこともあってか、歌はまだ発展途上のような印象を受けました。音域が狭くて高音と低音が苦しそうに聞こえたり、難しいメロディーの音程がきっちり取れていない部分が目立つ、あるいは声自体が歌を聞かせるモードになっていないのではと思わせる人もいました。日本のミュージカルではメインキャストでも歌を本格的に勉強していない人は沢山いると思いますが、どの程度ヴォイストレーニングをして役に臨んでいるものなのでしょう? もっと訓練すればきっと良い声が出るだろうにと残念に思う人もいました。音響の点では、2幕の悪夢の場面でアンサンブルのマイク音量が大きすぎ、3階席でも耳が痛くなりました。逆にヴァンパイアが墓場から蘇る場面の冒頭が囁くような音量なのは、意図的なのでしょうか? こちらはマイクが入っていないのかと思いました。伯爵の囁き声がマイクで拡大されているのも不自然に感じました。

演技面では、キャラクターの性格や感情と演技との関連づけが弱い部分が気になりました。例えばサラがスポンジで身体を洗う動作は、単にごしごし動かすだけでなく、アルフレートのような若い男性を惹きつける思わせぶりな雰囲気が必要だと思います。アルフレートとのお風呂を巡るやりとりも、結末が分かっていてもなお「ひょっとして?」と誤解させるような色気が欲しいものです。少女と大人の女性の間を揺れ動く微妙な年頃の娘が放つ魅力が、サラというキャラクターの持ち味なのですから。アルフレートがしょっちゅうぴょんぴょんと飛び跳ねるのは、大人の男性になろうとする年齢にあっては、いささか子供っぽ過ぎないでしょうか? 教授が伯爵に名刺を渡すときに手を大袈裟にぶるぶる震わせる仕草は、内心伯爵を恐れているように見えますが、アルフレートならまだしも、ヴァンパイア研究に生涯を捧げる教授ならば、むしろ歓喜に打ち震えるところではないでしょうか? 一時的に観客受けする動作が、果たしてその役に合ったものなのか、再考の余地があると思いました。本来台詞がないはずのクコールが、くぐもっているとはいえ聞き取れる言葉を発していることも気になりました。言葉の力に頼らず、うなり声と演技だけでどれだけ見せられるかというこの役の面白みが薄れてしまったと感じました。マグダとシャガールの関係も、ヴァンパイアになる前のマグダの態度がウィーン版のように愛人に対してわざとつれなくしているというより、嫌なのに無理矢理関係を強いられているように見えてすっきりしませんでした。

コメディー的なシチュエーションが多いからか、台詞の改変やアドリブがかなり演者の自由裁量になっているようですが、果たしてどの程度まで許されるものでしょうか? 舞台の上に立つと一言でも多く話したいのかもしれませんが、作品が持つ流れや音楽のテンポが犠牲になり、結果として場面が冗長になってしまう例が散見されました。例えば千秋楽では教授の『真実』の歌の後、舞台から観客を執拗に煽って結果的にショーストップになる一幕がありました。更に次の場面への舞台転換が始まっているのに出演者がなかなか立ち去らないため、流れが中断してしまいました。手拍子ならともかく、拍手は観客の自由意志に基づくべきではないでしょうか? ショーストップになるまで観客に拍手を要求するというのは度を超していませんか? 私は途中で「もういいから次の場面に移って欲しい」と思って拍手を止めてしまいました。シャガールとマグダの死体が入れ替わったことが見つかる場面も、アドリブが長いため、オーケストラが同じ音を繰り返して時間をつなぐ羽目になり、流れがもたついてしまいました。霊廟の場面も以前から冗長だと感じていましたが、残念ながら改善されていませんでした。教授とアルフレートのやりとりの時間は半分で十分だと思います。アルフレートの腹筋や、地面に横たわって飛び降りる教授を受け止めようとする努力に費やす時間を削って、ウィーン版のこの場面ではお約束なのに、今回はカットされていた教授の台詞、「6番目と7番目の肋骨の間に杭を打て」を入れる方が作品が活きます。教授とアルフレートがようやく立ち去った後、棺から出てきたシャガールが「長いよ!」と怒鳴って観客の笑いを誘っていましたが、正直笑えませんでした。指揮者不在のオーケストラのように、それぞれの楽器が勝手に音を出しているようなまとまりのなさは、演出家が意図している状態なのでしょうか?

ダンスはどちらかというとおどろおどろしい、吸血鬼=怪物のコンセプトで振付がなされているように思いましたが、もっと全体的に色気が欲しいものです。特に悪夢の場面でヴァンパイア、サラ、アルフレートの3人が絡む部分は、ウィーン版の官能的な振付が非常に印象的だったのに比べると、恋人を巡っての争いではなく、怪物との戦いに終始しているように見えてしまいました。バレエの経験がある友人に聞いたところ、恐らく今回のダンサーでクラシックバレエの経験がある人は半分もいなかったのではということでしたが、現代的な中にもクラシックバレエの柔らかな動きをもっと取り入れて妖艶さを前面に出して欲しいと思いました。

ウィーンで開幕直後に何の予備知識もなく観た”Tanz der Vampire”は、豪華な舞台装置に華麗な衣装、迫力に満ちた音楽、圧倒的な歌唱力や高度な技を駆使したダンスと共に、吸血鬼伝説から想起される様々なイメージ、例えば人間の生き血を吸う怪物、夜の世界の支配者、闇の貴族、神に背く者、永遠の生命への憧れ、不死を得た者の傲慢さと孤独等が渾然一体となって一つの世界観を創り上げており、その魅力に完全に引き込まれました。物語の中心に厳然と聳え立つ不動の存在、クロロック伯爵のカリスマ性は、老若男女にかかわらず全ての人間の心を掴み、伯爵とサラのデュエット”Totale Finsternis”(愛のデュエット)では、伯爵の元で大人の女性として愛されたいと願うサラの強烈な欲求と、若い娘を抗い難い力で誘惑する伯爵の魅力が、大きなうねりとなって感情の海を広げていきました。ドイツ語が分からなくても内容は分かった、格好良かったと同行者も感激していました。舞台のあまりの素晴らしさに、予定を変更してもう一度行ってしまったくらいです。

一方で今回の梅田芸術劇場の宣伝チラシには、「ホラーと思いきやコメディー要素たっぷり! 荘厳なのにおもしろい! 絶妙な展開の連続にハマる人続出!」と面白おかしい見出しが躍っていました。見どころとして3つ挙がっているのは「欲望に満ちたヴァンパイア VS どこか抜けている教授&助手の恋と冒険の物語」、「休憩中も見逃せない! 進化する”クコール劇場”をお楽しみに!」、「意外なラストシーンに驚き! 関西人の血を騒がせる熱狂のフィナーレへ!」。これも一つの切り口かもしれません。ですが私はウィーン・ミュージカルは品良くあるべきだと思っていますし、根底に流れる美学がその魅力だと考えています。ドタバタ劇的な部分をクローズアップして、軽い笑いを求める観客を増やしても、それがウィーン・ミュージカルのファン層拡大に繋がるとは思えません。むしろ本筋でないギャグや受け狙いの部分に注力する危険性が高まると思います。この作品が持つ本来の魅力を活かした質の高い舞台を作り、そうした舞台を観たいと欲している観客を呼び込む努力が必要です。このままますます締まりのない作品として上演し続けていて、果たして「これが日本版の”Tanz der Vampire”です」と胸を張って言えるでしょうか? 日本版も初演の頃はここまで雑な印象は受けませんでした。次に上演する際は、原点に返って一から見直すべきだと思います。

ドイツ語上演の”Tanz der Vampire”をご覧になりたい方は、2016年から2017年にかけてドイツ・Berlin(ベルリン)のStage Theater des Westens(2016年4月24日~9月25日)及びMünchen(ミュンヘン)のDeutsches Theater München(2016年10月5日~2017年1月15日、10月5日プレビュー、10月6日初日)で上演されるので、チェックしてみて下さい。

Berlin公演の宣伝動画はこちら。

Thomas Borchert(トーマス・ボルヒャート)、Marjan Shaki(マジャーン・シャキ)、Lukas Perman(ルカス・ペルマン)らが出演したWien版の宣伝動画では、MarjanとThomasの”Totale Finsternis”が流れます。

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8 Comments

  1. spaさん、今年もよろしくお願いします。
    私も1/3に梅芸で観てきました。ウィーン版は観ていないので、批評は控えます。
    やはりドイツ語で聴きたくなり5月末に旅行の日程をやりくりして、ベルリンに寄って観てくることにしました。

    • Hungerさん、こちらこそよろしくお願いします。良い季節にドイツに行かれるのですね! ベルリンの"Tanz der Vampire"、どうぞ楽しんで来て下さい。伯爵は経験者がやるのではと予想していますが、ThomasとDrewは"Evita"、Kevinは"Artus"、Jan Ammannは"Tarzan"があるので、誰が出てくるのかなと思っているところです。まさかMarkということはないと思いますが・・・。ご覧になったら是非感想を聞かせて下さい。

    • ウィーンは土日月の滞在になって、土曜日にVolksoperでSound of Musicは観たいので、日曜日にIWNNNYかEvitaかの選択となっています。IWNNNYを昼観ればダブルヘッダーも可能ですが、ちょっとキツイかと思っています。

      今回の大阪でのTDVはspaさんのお気に召さなかったようですが、やはり駒田一さんのクコールというのがミスキャストのように思います。宿屋の主人シャガールあたりの配役であればよかったのかもしれません。レミゼでティナルディエも演じていますしその方が適役だと思います。また幕間のクコール劇場でしか彼の存在感がなかったというのは実力のあるミュージカル俳優さんであるだけに残念だったと思いました。

    • Hungerさん、IWNNINYかEvitaのどちらかであれば、私は豪華出演者で固めたEvitaの方が見てみたいです。特にタイトルロールのKatharine Mehrlingは、Jekyll & Hydeでとても良かったので、凄く気になってます。彼女は先日ベルリンでB.Z.-Kulturpreis 2016を受賞したそうです。

      前回の上演もですが、日本のTdVはこの作品の持つ力を活かし切れていないのが残念です。カリスマ性溢れる伯爵と吸血鬼達が支配する夜の世界の強烈な魅力と、教授やアルフレート、村人達が見せるちょっと間抜けで愛すべきユーモラスさとのバランスをこの作品の世界観の中でどう見せていくかは、監督や演出家といった立場の方が全体を見てコントロールして欲しいです。個々の役者さんはそれぞれの思うベストを尽くそうとしているのだと思いますが、演技やアドリブ、歌い方等が作品全体のコンセプトに合っているかどうかは、神の目からのチェックが必要だと思います。

      ウィーンでは初演も再演もミュージカルはTdVが初めてというストレートプレイの役者さん達がクコールに起用されていたようです。それだけ演技が重要視されていたということでしょう。歌唱力がある方の持ち味を封印するという意味ではミスキャストになるかもしれませんが、歌に頼らず演技力だけで見せなければならない役を経験することは、決して無駄ではないと思いますし、キャスティングした側はそれだけ演技力に期待しているはずです。特に最近ミュージカルを観ると歌の巧拙以上に演技が気になるので、演技が印象に残るミュージカル俳優の方々に沢山出会えたら嬉しいものです。

    • spaさんのお勧めはIWNNINYよりEvitaですか! Evitaは以前BadenでMayaさんのを観たので今回はIWNNINYを観てみようかと思ったのですが・・ もう少し時間があるので同日二本観劇も含めてもう少し考えてみます。

    • Hungerさん、あくまでキャスト的に見てみたいのはEvitaですが、作品的にはIWNNINYの方が好きです。私もBadenでMayaさんのEvita見ましたが、映画も舞台も観たことがなく、一番後ろの席だったのでちょっと辛かった思い出が・・・。欲張りな私は可能であれば両方見てしまいますが、5月末の気候が良いときに観劇だけで終わるのも勿体ない気がしますし、その辺りは色々天秤にかけて決められては如何でしょうか。

  2. Spa様
    今年もミュージカル情報楽しみにしています♪
    Vampireは、ウィーンで初演の時、私も観ました・・・独語もわからずに。
    ダンサー達が客席から登場するとき、通路際にいた私は背後から頬を触られて思わず
    「ヒャツ!!」ダンサーが、私の顔見て慣れてない日本人と気付き、小声で「sorry」。
    楽しい思い出です。今でこそ、ウィーン上演後、日をおかずに日本でも上演されますが
    これはかなり時間を経てからの日本上演、その時に初めてあ~!!とわかった所が多々あり、改めて魅入ってしまったものです。
    確かに今回は、今までに比べ少し・・・と感じるところもありましたので次回以降に又期待といったところでしょうか…。

    • Fさん、こちらこそ引き続きよろしくお願いします。ウィーン初演版、ご覧になったのですね。私も当時はまだまだミュージカル初心者だったので、客席からヴァンパイア達が登場する場面は心底驚きました。もっとも一番印象に残ったのは、Sarahの入浴場面の辺りで隣の席の少年が鼻血を出していたことですが・・・。そっとティッシュを差し出したら、持っているから大丈夫と遠慮がちな反応が返ってきました。ある意味楽しい思い出です。

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