貴婦人の訪問観劇記(2015年8月)

“Elisabeth”のPia DouwesとUwe Krögerを主役にスイス・Thun(トゥーン)の湖上舞台で2013年夏に世界初演され、その後2014年にWien(ウィーン)のRonacher劇場でも同キャストで上演された”Der Besuch der alten Dame”の日本版『貴婦人の訪問』大阪公演を観劇しました。2013年8月のThun版観劇記2014年4月のWien版観劇記も併せてご覧下さい。ネタバレがあるのでこれから観劇される方はご注意下さい。

数十年ぶりに故郷ギュレンの町に帰ってきたクレアを演じた涼風真世さん、素晴らしかったです! 腹が据わっているというか、重心がぶれないというか、この役に必要な存在感を醸し出せるカリスマ性に唸らされました。メインキャストの中で一人別格の存在だったと思いました。高低差と緩急に富んだ難曲の数々を歌いこなす歌唱力、勿論今までも素晴らしいとは思っていましたが、更に隠し球を見せられたような思いです。強いて言えば高音の声量がやや不足していましたが、涼風さんの迫力の前には大きな問題ではありません。特に凄みのある低音にはぞくぞくさせられました。過去の愛に思いを馳せつつも、冷酷に復讐を貫くクレアの生き様をこれだけの説得力を持って演じられる女優さんは、日本のミュージカル界にはそうはいないでしょう。『マリー・アントワネット』2幕の裁判の場面で見せた威厳ある王妃を彷彿とさせる涼風さんのクレア、是非ご覧下さい!

クレアの昔の恋人で、今は妻マチルデと共に雑貨店を営んでいるアルフレッド役は山口祐一郎さん。これはあくまで私の個人的な感想ですが、残念ながら私には山口さんの演技プランが理解出来ませんでした。まず大いに違和感を感じたのが、冒頭のクレアを迎える場面で満面の笑みをたたえていたこと。クレアを捨てた負い目をずっと引きずっているアルフレッドは、彼女にどんな顔をして会えばいいのか思い悩むのではないでしょうか? あれだけの残酷な仕打ちをしておきながら、完全に許して貰えると思うのは虫が良すぎるのではないでしょうか? 役作りも随分子供っぽい気がしましたが、子供がそのまま大きくなったような人物が、町の皆から信頼され、将来の市長候補と目されるとは思えません。また男性としてもクレアがかつて愛し、今も実は愛しているというに足るだけの魅力が感じられませんでした。平穏に暮らしていた人間が過去の過ちにより追い詰められ、悩み苦しみ、最後には運命を受け入れる様を体当たりで表現したUweの演技とは全く印象が違うアルフレッドに、がっかりしてしまいました。

ベテラン陣を配したメインキャストは大変豪華な顔ぶれで、基本的には歌も演技も安心感がありました。マチルデの春野寿美礼さんは歌声の美しさ、品のある立ち姿が印象的でした。ただ全体的に演技が淡泊で、オリジナル版のような愛情深い人物としての印象は弱かったです。校長クラウス役の石川禅さん、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のアブロンシウス教授のようなバタバタ感がありましたが、もう少し重心を落として落ち着いた役柄として演じた方が良かったのではないでしょうか。アルフレッドと巨額の支援金をはかりにかけ始めた市民達の中で、一人モラルを保ち続けようとするクラウスは、校長、市長、警察署長、牧師の4人の男性メインキャスト陣の中でも一際重要な役ですが、この4人のカルテットのソロ部分ではやや声が埋もれがちでした。市長マティアス役の今井清隆さんは、どっしりと厚みのあるバリトンれが素晴らしかったです。複雑な音のシークエンスではやや正確性に欠けるように思いましたが、声自体の持つ魅力で音楽の荒波を強引に乗り越えているように感じました。政治家らしい貫禄のある演技も良かったです。警察署長ゲルハルト役の今拓哉さんも良い声に加えて制服姿が決まっていました。若い頃に永遠の友情を誓ったはずの相手までもが、アルフレッドの死によってもたらされる金を当て込んで新しい銃や長靴、制服をあつらえているという不気味なシチュエーションを、落ち着いた演技でさもこれが当然というように自然に見せてくれる今さん。アルフレッドにこれを口に入れれば一瞬で済むと銃を渡す様にも違和感がないのが怖いです。中山昇さんの牧師ヨハネスは、聖職者のわりに重みはあまりなく、小市民的な人物。やや浮ついている感があったので、クラウス同様もう少し落ち着きがあればと思いました。オリジナル版では上半身裸になって自分に鞭打つマゾな一面もあるキャラクターでしたが、日本版では過激な部分は省略されていました。先にも触れた4人の聴かせどころ『ダメだ 忘れろ』(Vergiss es!)は、前半のハーモニーがやや危なっかしいように感じましたが、後半の盛り上がりにつれて4人の声が重なって響く様は凄い迫力でした。

難曲揃いの作品を音楽的に支えるアンサンブルが大変良い仕事をしていました。日本のアンサンブルのレベルは非常に高いです! 難しいメロディーを追いつつも、発声が濁らずクリアで聴き取りやすかったです。若い時のクレアとアルフレッドを演じた飯野めぐみさんと寺元健一郎さん、張りのある美声で奏でる上質なハーモニーに吸い込まれました! 立ち居振る舞いも美しく、クレアとアルフレッドの美しい思い出を表現するのにぴったりのお二人でした。劇中の二人の登場場面が待ち遠しく感じられました!

音楽的には冒頭の音の厚みが若干少なかったので、オケの人数がオリジナル版より減っていると感じましたが、それほど気にはなりませんでした。テンポも良く、サスペンス感を煽る良い演奏でした。翻訳・訳詞は言語センスが抜群の竜真知子さん。ウィーンミュージカルの訳詞は全てお任せしたいものです! 好みの問題かもしれませんが、振付はダンスショー的な部分がやや過剰に思えました。衣裳は歓迎パーティーの場面で市民達が着ていた原色や大柄な模様はキッチュ過ぎるのではと思いましたが、クレアのメタリックな印象の豪華なドレスや、段々態度が変わっていく市民達が身に纏うようになる近未来的な軍服を思わせる衣裳はなかなか良かったです。美術はWien版の階段や雑貨店のセットを簡素にしたようなイメージでした。Wienでは駅の場面で本物そっくりの車両のセットが使われていましたが、日本版では光と音で表現されていました。オリジナル版で冗長に感じた3人のボディーガードのナンバー”Trio-Infernal”がカットされ、ボディーガードの人数も2人に整理されたこと、宗教関係の扮装で派手に騒ぐ人々とカメラマンやジャーナリスト達が入り交じって何だかよく分からなかった『モラルの殿堂』(Tempel der Moral)の場面から宗教色が廃されて、ワイドショーの取材攻撃に特化していたのは日本人的には分かりやすくて良かったと思いました。

全体としては重く残酷で悲劇的な話を、オリジナルの方向性を損なわずに日本の観客に受け入れられる形に仕上げてあると思いました。繰り返しになりますが、涼風さんの存在がまさにこの作品の要となっています。涼風クレア、必見です! ベテラン俳優の力を結集して初めて成立する大人のミュージカル、是非繰り返し上演される作品になって貰いたいものです。

Wien版のライブ録音CD2枚組が出ています。iTunesで試聴可能です。

Der Besuch der Alten Dame-Gesamtaufnahme Live

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6 Comments

  1. spaさんも日本版堪能されたようですね。
    涼風クレアのすばらしさは私も共感ですが、山口アルフレッドの評価は私は演出の違いということで、あれでもよいと思います。spaさんのいわれるようにUweアルフレッドはクレアの帰還を怖れを持って迎えるように演じていますが、山口アルフレッドは昔自分がクレアにした仕打ちは忘れて、町のみんなからクレアから金を引き出すように依頼され、次期市長とおだてられて舞い上がっている好人物として演じています。違和感を感じられた歓迎時の笑顔はその証でしょう。男っていうのはそういうバカなものだという演出の意図だと思います。またこれまでのウィーンミュージカルで演じていた山口さんの役のキャラクターと今回のアルフレッドのキャラクターに大きな差があったのも違和感の原因ではないでしょうか
    spaさんがTrio-InfernalとTempel der Moralがウィーン版では違和感があったといわれるのはそのとおりで、特に後者は現地でも評価が分かれたと聞いています。ただ全体の話がシリアス過ぎるので、場を和ませる意図であえてコミカルな二曲が挿入されていたと私は思います。
    演技や音楽の質は、ウィーン版に劣らずハイレベルというのは私も同感です。
    東宝版はウィーン版オリジナルに忠実というより、演出や訳詞もspaさんのいわれる「オリジナルの方向性を損なわずに日本の観客に受け入れられる形に仕上げてある」と私も思います。東宝(日本)版としてまたひとつ確立された演出バージョンになればよいと思います。
    昨年ウィーンで観たときは、内容からみてこの作品は日本では興行的に無理だなと思ったのですが、今回観にいって感じたのはやはり「タカラヅカ(ファンの)おばちゃん」の動員力は偉大だということでした。涼風、春野といったOGをメインキャストに据えることによって、ほぼ劇場は満席になっていました。ただ会場や帰りの電車の中で彼女たちの話が耳にはいりましたが、やはり作品の内容もあったのでしょうが満足度はイマイチだったようです。といっても日本のミュージカルの質の高さが、タカラヅカOGによって支えられているのも紛れもない事実だと思います。

    • Hungerさん、ドイツ語圏でも娯楽系のミュージカルに人気がある一方で、物語性重視の作品を待ち望んでいるファンは沢山います。その意味で"Der Besuch der alten Dame"は久々に見応えがある作品でした。日本でも『サンセット大通り』や『CHESS』のようなシリアスな作品が上演される環境が整ってきた中で、『貴婦人の訪問』の上演が実現したのだろうと思います。今秋にはソンドハイムの『パッション』も本邦初演を迎えますね。私はドレスデンで観て大変感銘を受けましたが、宝塚ファンの方に受け入れられるかというと、正直どうかなという気持ちもあります。役者的にも興行的にも日本のミュージカル界で宝塚OGの果たす役割は大きいと思いますが、宝塚ファンの力に頼るばかりでなく、今までミュージカルを見たことがない層にアピールして観客の裾野を広げることが、ミュージカル界の将来のためには是が非でも必要です。従来のミュージカルファンに受け入れられにくいかと思われる冒険的な作品は、逆に新しい観客を開拓する絶好の機会になり得ると思います。宝塚出身者でない今の若手ミュージカル女優が、将来『貴婦人の訪問』に主演し、老若男女が各々同程度の割合で満員の観客席を占めている光景を見てみたいです。

  2. spaさん、お久しぶりです。
    「貴婦人の訪問」、仕事の都合で中日劇場の日程しかあわず、
    楽しみに待っているところです。涼風さんのクレアは、もともと期待していましたが、spaさんのレポートを読んでますます楽しみになりました。
    このストーリーは、内容から考えて日本人にはあわないと思っていたので、日本で上演されると知ったときは驚きました。日本では、結末がちょっと受け入れがたいような気がしていたので。でも、曲は最初からいいと感じていましたし、日本公演のメンバーは豪華だったので、ドイツ語CDで予習を重ねて本番に備えています(笑)

    実は大阪公演時にはドイツにいました。といっても今回はミュージカルツアーではなく、友人訪問と観光です。出発直前にドイツの友人が"Die Paepstin"のチケットを取ったよと連絡してきたので、Fuldaの日程は終わっているはずと不思議に思い、調べてみたけどわからず。そのままドイツに行きました。
    結局、それはミュージカルではなくお芝居だったのですが、同じストーリーで城壁の一部を舞台に使用した野外劇場で行われ、spaさんの紹介で本も読んでいたので十分楽しめました。
    次回の渡欧ではぜひミュージカルを楽しみたいです。
    コメントは久しぶりですが、spaさんのブログはいつも読ませていただいてます。これからもよろしくお願いいたします。

    • Märzさん、ドイツ旅行に行けるほどお体が回復されたこと、非常に嬉しく思いながらコメントを読ませて頂きました。"Die Päpstin"はストレートプレイでご覧になったのですね。中世が舞台の物語は城跡を利用した野外劇場にぴったりですよね。Bad Hersfeld辺りでもそのうち上演されそうな気がします。次のご予定はまだ立っていないかもしれませんが、ウィーンでは"MOZART!"が待ってますよ! 『貴婦人の訪問』も名古屋でどうぞ楽しんで来て下さい。よければ感想お寄せ下さいね。こちらこそいつもありがとうございます。

  3. 中日劇場に行ってきました!
    涼風クレアは最初に登場した瞬間から怖かったです(笑)歌声も素晴らしく、聞き応えがありました。とにかく出演メンバーがすごいので、大満足でした。日本でミュージカルを見るとき、ときたま中に「あー」と思ってしまう人がいることがあり、そうなるとそれが気になって作品にどっぷり浸かれないことがありますが、今回はそれがまったくなかったです。若いクレア&アルフレートもきれいな歌声でよかったです。

    ドイツ語版のCDを聞きこんだ後に日本語のものを観ると、少し違和感を感じることが多いのですが、今回の訳詞はとても自然でほとんど違和感を感じませんでした。これまでドイツ語だったので完全には理解できていないところが、今回でよくわかりました。原作と違っていたのは、ギャングが2人(原作は3人)で、彼らの歌がなかったことぐらいでしょうか。
    2列目のサイドブロック、センター側通路という良い席をいただいたので、表情もよく見えて迫力もありました。黒豹狩りの時には銃を突きつけられてギョッとしましたが。

    名古屋が最後だったので、一番良い舞台を観ることができたのではないでしょうか。ぜひ再演して欲しいです。そして一度は本場で観たいと思っています。

    • Märzさん、貴婦人楽しまれたようで良かったです。涼風さんの当たり役になりましたよね。クリエでの再演はもう決まりましたが、全国でもやってくれるといいですね。ウィーンでの再演は難しいかもしれませんが、良い作品なのでドイツ語圏のどこかでやってくれることを期待したいです。

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